Ultra-Small Robot

A molecular robot with a width of about 100 micrometers swims when irradiated with light (Photo provided by Yoshiyuki Kageyama, Assistant Professor of Hokkaido University)

光を照射すると泳ぐ幅100マイクロメートルほどの分子ロボット
(景山義之・北海道大助教提供)

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動物のように水をかいて泳ぐ1ミリより小さなロボットの作製に成功したと北海道大などの研究チームが発表した。血管を自在に泳いで薬物を輸送するなど実用的な分子ロボットの実現に向け、基礎技術になる可能性がある成果だ。研究の背景には、ある物理学上の定説があった。

 

 

ノーベル化学賞も

 

血管のような狭い場所にも入り込める極小のロボットを作ることは、SF小説や映画でもおなじみの夢の技術だ。分子を化学反応で組み立てて、極小の物質を動かそうとする研究は、2016年のノーベル化学賞が分子機械の設計と合成の研究に貢献した3氏に授与されるなど、注目の分野といえる。

 

物理学の常識では、小さい物体はひれをパタパタと屈曲するような動きでは水中を泳ぐことができないとされてきた。

 

小さなロボットでは、重力や浮力など大きさに比例する力はあまり働かない一方で、水のスムーズな流れを妨げようとする粘性(ねんせい)抵抗が大きく働く。このため、体を屈曲することで前に進んでも、元の形に戻るときに以前の位置に後退してしまう。

 

これは、湖面でボートをこぐとき、オールを水中に入れたままで前後に動かしても、ボートは揺れ動くだけで前進できないのに似ている。

 

こうした背景から、小さなロボットは、壁面をはうような動きや、微生物がべん毛を回転させて推進力を得るのと似た方法、流体を噴出して進むジェット推進のような形で水中を移動させる研究が多いという。

 

 

「パタパタ泳ぎ」は世界初

 

北海道大の景山義之助教(超分子化学)らのチームは、2016年に屈曲を繰り返す分子ロボットの作製に成功したと発表した。このとき、屈曲に伴って水中を泳ぐ様子を発見したが、物理学の専門家から「小さい物質がそのように泳ぐのはおかしい」と指摘を受けた。

 

物理学の常識を破るような動きがなぜ起きたのか。それを解明しようとしたのが今回の研究だ。

 

チームは光を吸収すると変形する有機分子のアゾベンゼンと、サラダ油などに含まれるオレイン酸を混合して結晶を作った。結晶の大きさは、縦数十マイクロメートル(マイクロは100万分の1)、横数百マイクロ、高さ1マイクロ低度。ロボットというと、金属やプラスチックのパーツで組み立てつくるイメージだが、この大きさでは組み立ても難しく、現実的ではない。チームが作製したのは、部品となる分子を化学反応で結晶化して組み立てた極小ロボットだ。

 

結晶に青色の光を当てると一部がヒレのように動き、泳いで移動することができた。結晶の形によって、ヒレを前方にして泳ぐ「犬かき型」と、ヒレを後方にする「ばた足型」があった。泳ぐ速度は速いもので秒速15マイクロ。人間に換算すると時速500メートルに相当する。

 

実験では、幅28ミリ、奥行17ミリ、深さ0・3ミリの極小プールに分子ロボットを入れると泳いだ。一方で、プールの深さを増すと泳げるロボットが減った。つまり、小さいものが泳げる秘密は狭さにあると分かった。広いところでは曲げて前に進んでも伸ばした際に後ろへ戻ってしまうが、狭いことで壁の影響を受けて、分子ロボットへの粘性抵抗のバランスが崩れ、前への推進力が生まれたのだと考えられた。

 

パタパタとした屈曲運動で泳ぐ小さなロボットを人工的に作り出したのは、世界初という。

 

 

分子ロボットで人工腎臓を実現

 

自律的に動く極小ロボットにはさまざまな応用が期待されている。体内の目的の場所に薬物を運ぶ「ドラッグデリバリー」に使ったり、人工分子の動きで臓器の機能を代替するといったことが考えられる。

 

人間が脳で考えるのも、心臓が動くのも、腎臓が老廃物を濾過(ろか)するのも、生体の分子が働いているからだ。これらの機能を分子ロボットで再現できれば、脳のように計算する「分子計算機」や、透析を代替する人工腎臓が実現できるかもしれない。

 

今回の実験では光をエネルギー源として使っているが、人工臓器への応用を考えて、今後は化学物質で動く分子ロボットの研究を進めるという。景山氏は「人間の体は食べ物がエネルギー源となっている。化学物質で目に見えるような動きを作る研究に取り組んでいるところだ」と話した。

 

自律運動する分子ロボットのメカニズムをさらに解明し、実用に結びつく形に持っていくのが目標だという。

 

筆者:松田麻希(産経新聞)

 

 

2022年1月22日付産経ニュース【びっくりサイエンス】を転載しています

 

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