Spray-Based Plant Modification

A new technology that allows changes to the traits of plants just by spraying them. (Photo by Juichiro Ito)

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農作物の品質や生産性を向上するため、本来の性質や特徴である「形質」を改変し、病害虫や異常気象への抵抗力を高める取り組みは古くから行われてきた。異なる品種の交配や遺伝子組み換え、ゲノム(全遺伝情報)編集などさまざまな方法があるが、いずれも時間や手間がかかる。だが理化学研究所、京都大などのチームは最近の研究で、核酸という遺伝情報物質を、スプレーで植物に吹きつけるだけで細胞内の小器官に狙い撃ちで送り込み、形質を左右するタンパク質の合成を効率的に制御することに世界で初めて成功した。

 

 

課題が多い従来の改変法

 

農作物の形質を改変する手法のうち、異種同士を掛け合わせる「交雑」は、味の良い品種と病害虫に強い品種を交配することなどにより、両方の優れた形質を受け継いだ新品種を作り出す手法だ。ただ、何百、何千もの交配を行って優良種を選抜するため、新品種の開発には長期間かかる。

 

遺伝子組み換えは、農作物のゲノムに、乾燥に強い遺伝子や実が大きくなるような遺伝子など、目的に応じた遺伝子を組み込むことで優れた形質を実現する。ただ、新たに導入する遺伝子が、本来の遺伝子のどの部分に入るかは偶然に頼っており、目的と異なった形質が表れることもあるため、厳重な安全管理が求められる上、優良種の選抜に長い時間と手間、コストが必要となる。

 

近年注目を浴びているのが、ゲノム編集だ。外部から新たな遺伝子を導入するのではなく、ゲノムの中にある特定の遺伝子を、酵素のはさみを使って切断して編集し、形質を改変する。たとえば、栄養素の生産を阻害するような遺伝子があった場合、これを破壊すれば、より栄養価の高い農作物を生産できる。ただ、こちらも形質改変には手間やコストがかかり、高度な安全性が求められる。

 

 

害虫が嫌う物質を作らせる

 

研究チームは、大豆(ダイズ)の耐害虫性の向上を研究していた。ダイズの天敵はカメムシで、豆のさやなどから汁を吸い、ダイズの成長を阻害したり品質を低下させたりする。農薬による駆除はコストが高く、手間もかかる。そこでカメムシが嫌う物質をダイズ自身に作らせ、追い払うことができないかと考えた。カメムシが嫌うタンパク質などを作る遺伝情報を細胞内に送り込んで機能させれば、耐害虫性が高まるというわけだ。

 

ただ、遺伝子組み換えやゲノム編集の手法は課題が多く手間がかかる。もっと簡単に形質改変ができる方法はないか。検討を重ねた結果、「細胞透過性ペプチド(CPP)」という物質を使うことを思いついた。

 

アミノ酸が短い鎖状に連なっているCPPは、植物の細胞を包む膜を通り抜けて内部に入り込む性質を持っている。これにタンパク質を合成する情報を持たせた人工核酸を組み合わせ、純度の高い水に混ぜてスプレーで噴霧すれば、簡単に形質転換ができるはずだ。

 

そこで、紫外線を当てると緑色に光る蛍光タンパク質を合成する情報を持った人工核酸を作り、CPPと組み合わせたナノサイズの微細な分子を合成。水に混ぜてシロイヌナズナ、ダイズ、タバコなどにスプレーし、葉に紫外線を当てた。すると葉は緑色に光り、この方法でタンパク質を合成できることが確認された。

 

 

狙い撃ちで葉緑体に直送

 

ただ、合成されたタンパク質の量は少なかった。人工核酸は細胞の核の中に入り込んでいたが、タンパク質を大量に合成する場としては向いていなかった。形質を十分に改変できるほどの量を合成するには、細胞内の小器官の一つで、光合成を行う場所である葉緑体に送り込む必要があった。

 

この課題は、CPPの中に、目標の細胞内小器官だけに入り込む働きを持つアミノ酸配列を組み込むことで解決した。これにより、狙い撃ちした葉緑体の内部で、人工核酸にタンパク質を大量生産させることに世界で初めて成功した。

 

チームはまた、タンパク質の合成だけでなく、逆にタンパク質合成を抑制することにも成功した。遺伝子組み換えによって葉緑体の中で蛍光タンパク質を合成するようにした植物に、蛍光タンパク質の合成を担う遺伝子の働きを阻害する機能を持つ人工核酸をスプレーで噴霧したところ、遺伝子は働かず、葉は紫外線を当てても光らなくなった。

 

 

設計自在、広がる応用

 

これらの成功は、農作物の形質改変を大きく進展させそうだ。遺伝子組み換えやゲノム編集が不要である上に、人工核酸やCPPの設計しだいで、合成するタンパク質や働きを阻害する遺伝子、狙い撃ちする細胞内小器官を自由自在に変えることができるからだ。

 

害虫を追い払いやすくするだけでなく、健康増進に役立つ物質を多く含む野菜の開発にもつながる。また開花を促進する物質を作らせれば、結実のサイクルが早まって生産効率が向上する。成長を抑制するような遺伝子の働きを阻害することで、より大きな果実を作れるかもしれない。

 

チームのリーダーを務める沼田圭司・京都大教授は「スプレーするだけで植物の形質を改変できるため、手軽に幅広い分野に応用できる。特に大規模農場での害虫駆除に向くだろう。遺伝子自体の改変ではなく、あくまで一過性の形質なので、安全性も非常に高い。研究を進め、早く実用化したい」と話している。

 

筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)

 

 

2022年3月12日産経ニュース【びっくりサイエンス】を転載しています

 

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