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安倍晋三元首相が12日、世界の経済、政治、科学、文化に影響力のある有力者の論評・分析を配信するウェブサイト「プロジェクト・シンジケート」に投稿した論考が、話題となっている。投稿して2日余りで米国、フランス、ドイツ、ウクライナ、インド、香港…と30カ国・地域近くのメディアで掲載されたというから、反響の大きさがうかがえる。
米曖昧戦略に異議
安倍氏は論考で、ロシアの侵略を受けるウクライナを台湾に重ね、米国が長く台湾について取ってきた「曖昧戦略」を改め、台湾防衛の意思を明確にすべきだと主張している。
米国は40年以上前の1979年の台湾関係法に基づき、台湾自衛に必要な武器供与などの支援を行う一方、台湾と中国が武力衝突した場合、軍事介入して台湾を防衛するかどうかは言及しない曖昧戦略をとってきた。安倍氏はこれにこう異を唱えたのである。
「時代は変化している。曖昧政策は、インド太平洋の不安要因になっている」
ロシアのウクライナ侵略をめぐっては、バイデン米政権が早々に軍事介入の選択肢を否定したことが、ロシア抑止の失敗を招いたと指摘される。台湾に関しても、米国が防衛意思をはっきりさせないと、中国が米国は介入しないとたかをくくって行動に移る危険があるということだろう。
そしてその事態は、ほぼ確実に日本に飛び火する。
安倍氏は、ウクライナ侵略が起きる以前の昨年12月1日の台湾のシンクタンク主催のオンライン講演で、すでにこう訴えていた。
「(中国による)台湾への武力侵攻は、必ず日本の国土に対する重大な危険を引き起こす。台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」
そして、同月19日の九州「正論」懇話会での講演ではこの発言の意図を説明している。
「中国が台湾に侵攻すれば、日本の『存立危機事態』に発展する可能性がある。大変なことになるということを、あらかじめ明確に示しておく必要がある」
存立危機事態とは、安倍政権下の平成27年に成立した安全保障関連法が定めた日本が限定的に集団的自衛権を行使できる要件の一つである。密接な関係にある他国に対する武力攻撃により、日本の存立が脅かされる状態をいうが、台湾有事もそうなりかねない。
侵攻意図変えぬ中国
今回、ロシアがウクライナの首都キーウ(キエフ)を落とせず、侵略を短期間で決着させられなかったことで、中国もまた台湾侵攻計画の練り直しを迫られているとの見方もある。ただそうだとしても、中国は台湾を決してあきらめまい。
安倍氏の論考が世界で注目されたのも、オバマ政権時代に「世界の警察官」をやめてしまい、ロシアのウクライナ侵略を座視した米国が今後、現在の姿勢を変えるかどうかを注視しているからだろう。
米国防総省が昨年11月に議会に提出した中国の軍事力に関する年次報告書(日本国際問題研究所訳)にはこんな記述がある。
「(中国人民解放軍の)近年における大幅な組織再編と海を越えた水陸両用強襲訓練は、台湾作戦への支援が同軍の高い優先事項の一つであることを示している可能性が高い」
「中国は、日本による尖閣諸島(沖縄県石垣市)の支配に挑戦する取り組みを強化した」
さて肝心のわが国はというと、防衛費を国内総生産(GDP)比2%に増やすことや核保有の議論すら躊躇(ちゅうちょ)するていたらくで、寒心に堪えない。
筆者:阿比留瑠比(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
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2022年4月21日付産経新聞【阿比留瑠比の極言御免】を転載しています