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日本の若者たちの「声」を世界に届けるJAPAN Forwardの企画「Ignite」の第30回。今回は2025年に開催された北朝鮮人権侵害問題啓発週間作文コンクール英語エッセイ中学生部門で最優秀賞を受賞した、米子北斗中学校3年、スシダバンチ大史さんの「Until they return」を掲載します。
[受賞作品は上の (This post is available in English) のリンクをクリックしてください。]
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[和訳]
彼らが戻るまで
「拉致」という言葉を聞いたとき、人々は身代金を要求する悪人を想像するのではないでしょうか。しかし、この場合は全く異なります。政府が人を拉致するのです。誰か一人が誰かを拉致するのではなく、政府が人を拉致するのです。
これは耳にすると馬鹿げているように思えるかもしれませんが、過去60年間に何度も起きています。日本人が北朝鮮政府によって拉致されてきました。北朝鮮政府による拉致は17件が公式に認定されています。しかし、「拉致された可能性がある人」は800人以上にのぼります。日本の47都道府県すべてに、そのリストに載っている人がいます。
2002年9月、当時の日本の首相である小泉純一郎氏は、北朝鮮政府との会談を開始することができました。これは「日朝首脳会談」として知られています。この会談で北朝鮮政府は、日本人17名を拉致したことを認め、謝罪しました。最終的に5人が日本に帰国しました。残りの12人について日本が尋ねたところ、北朝鮮の回答は「8人は死亡、4人は入国していない」というものでした。
誰かが拉致されると、その家族は打ちのめされます。家族を拉致された人々はどんな気持ちなのでしょうか。私は幸運にも、学校の授業で被害者の家族の一人と話す機会がありました。彼の名前は松本孟さんで、拉致された松本京子さんの兄です。松本京子さんは1977年10月21日に拉致されました。彼女は自宅近くの編み物教室に向かう途中、2人の男に止められ、拉致されたと考えられています。
授業で松本さんは妹の趣味について話してくれました。彼女は編み物が得意で、旅行が大好きだったそうです。その週末にはショッピングモールに行く予定で、旅行の計画も立てていました。また、母親が娘に会えないまま亡くなったこと、そして人々が年を取っていくことも語ってくれました。多くの家族が愛する人に会えないまま亡くなっていくのです。
授業で私は松本さんにいくつか質問をすることができました。その中で、「もし京子さんが帰ってきたら、何と言いますか?」と尋ねました。彼の答えは「おかえり」でした。
この言葉を聞いたとき、私は自分の家族のことを思いました。「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」といった小さな言葉がどれほど特別なものか。松本さんのような人々にとって、こうした小さなことはもうありません。
私が思うに、私たちができる最善のことは、この悲劇を世界中の人々に知らせることです。そして、この拉致を「誰か他人の問題」としてではなく、人類全体の使命として捉えることです。拉致は人権侵害です。決して許されることではありません。私たちは皆、この出来事を認識し、理解し、語り継がなければなりません。この悲劇が二度と起こらないように、そしてすでに起きた悲劇が一刻も早く解決されるように。私たちは決して忘れてはいけません。

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■北朝鮮北朝鮮人権侵害問題啓発週間作文コンクール
政府拉致問題対策本部では全国の中高生を対象に、拉致問題関連の映像作品、舞台劇の視聴や拉致問題関連書籍の読書等を通じて拉致問題を知ってもらい、拉致被害者や拉致被害者御家族の心情を理解するとともに、拉致問題解決のために自分に何が出来るのか、何をすべきかについて深く考える機会とすることを目的として、北朝鮮人権侵害問題啓発週間作文コンクールを実施しています。詳しくはhttps://www.rachi.go.jp/jp/shisei/sakubun.htmlをご覧ください。
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