コーポレート・ガバナンスは企業の関係者の利害を調整し、企業の活動やその価値を高める仕組みだが、株主の力が強まり配分が偏っているとの指摘が強まっている。コーポレート・ガバナンス改革は今後、どうするべきなのか。経団連で審議員会議長を務める冨田哲郎氏に聞いた。
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経団連

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経営者や従業員、顧客や取引先、地域、株主と企業活動は様々な関係者で成り立っている。コーポレート・ガバナンスはこれら関係者の利害を調整し、企業の活動やその価値を高める仕組みだ。これがこの十数年、株主の力が強まり、配分が偏っているとの指摘が強まっている。コーポレート・ガバナンス改革は今後、どうするべきなのか。経団連では会長に次ぐ審議員会議長を務める冨田哲郎氏(JR東日本相談役)に聞いた。

株価と短期的な利益を重視する経営に是正求める

――コーポレート・ガバナンスの視点から今の上場企業を見て、どのような印象をお持ちですか

「コーポレート・ガバナンスの充実が企業の成長発展につながっていくのが本来の姿だが、現実は株価やROE(自己資本利益率)PBR(株価純資産倍率)といった数字を追いすぎていないか。株主偏重に陥り従業員の賃金が十分に伸びていない。設備投資や研究開発投資もそうだ。一部のアクティビストなどは、ROEやPBRといった経営指標を上げるよう経営者に求めてくる。経営指標自体はもちろん大事だが、賃金を抑え、投資を控えれば利益は上がり、これらの数字は上昇する。果たしてそれが正しいのだろうか」

――数字を追い求めるあまり、弊害が出ているのですね

「確かに株価は上昇した。第2次安倍政権発足のころと比べると日経平均は5倍にもなった。しかし、賃金水準は長らく低迷し、この数年は年に数%のペースで上昇しているが、実質賃金はマイナスが続く。名目GDP(国内総生産)の上昇に伴って株価も上がるのが本来の姿ではないか。それがGDPもなかなか伸びずやっと600兆円になった」

「心配なのは、日本経済を支えてきた中間層の衰退だ。経団連が1994年と2019年の世帯所得について分析し、中央値を見ると、94年の505万円から19年は374万円に低下していた。明らかに格差が拡大している」

冨田哲郎・経団連審議員会議長

行き過ぎた自己株買いに警鐘

――確かに多くの上場企業がROEやPBRを上げようと自己株式買いに走っている印象があります

「今の自己株式買いの水準は明らかに行きすぎだ。直近では20兆円とされるが、考えてほしい。約600兆円のGDPの3%にあたる金額であり、設備投資や賃金、取引先の価格転嫁などに回せば、相当の効果が出るはずだ。研究開発でも、半導体やGX(グリーン・トランスフォーメーション)、DX(デジタル・トランスフォーメーション)など投資するべきところはいくらでもある。自己株買いには様々な目的があり、すべてを否定するわけではないが、ROEを上げる目的での自己株買いはおかしい。すべての自己株買いを歓迎するような風潮は見直すべき。バランスを考えて配分するのが経営者だ」

――原因をどのように考えますか

「政府や東京証券取引所が示す指針の影響は少なくない。例えば、経済産業省は2014年のいわゆる『伊藤レポート』でROE8%を打ち出したが、ROEは業種によって大きく変わる数値で一律に適用するべきものではない。たとえば、阪神淡路大震災以降のおよそ30年間で、JR東日本は耐震補強を含めて、1兆を超える安全投資をしてきた。これらは直接利益を生むものではないが、必要な投資だ。仮にこれを減らせば利益もROEも上がるが、そのような判断が正しいとは到底思えない」

「金融庁も10年ほど前にスチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードを制定し、株主と経営者の対話を推し進めようとした。しかし、結果的に日本の経営者の多くがエクスプレイン(説明)ではなく、コンプライ(従う)を選んでしまった。ガバナンス・コードは本来、中長期的な企業価値を高めるためのもので、これに沿うようなコードとなるようあり方の見直しを求めたい。東証が2023年に『資本コストや株価を意識した経営』を要請したことも、株価や効率重視の傾向を一層強めることとなった」

――ではどうするべきでしょうか

「自律的なガバナンスが必要だ。ROEやPBRだけでなく、人件費や減価償却費、研究開発費を加味した経営指標で企業を評価するべきだ。経営者も機関投資家の言うことをすべて是とするのではなく、みずからの判断でステークホルダーに分配し、積極的な投資をしてほしい。経営者の覚悟が問われる。経団連の首脳にも、私と同じような考えが増えている。アベノミクスでめざした『稼ぐ力』の忘れ物で、高市政権に期待したい」

企業が生み出す社会的な価値に着目促す

――これまでうかがったような考えは、どんなことで培われたのでしょうか

「この15年間、JR東日本は東日本大震災とコロナ禍という二つの大きな経営危機があった。特に震災からの完全な復興におよそ10年かかった。常磐線(福島県など)や仙石線(宮城県)の復旧に全力を尽くした。運転再開の記念式典には、町の多くの人が集まり喜んでくれた。鉄道には地域を支え、人々を元気にする力があり、効率性や経済的な価値だけは測ることができない社会的な使命や役割があると感じた。経済的価値だけでなく社会的価値の創造も企業の役割であることを経営者自身が自覚し、中長期的視点かつ社会性の視座に立ち、主体的・自律的に経営を行っていくべきである」

聞き手:加藤裕則(ジャーナリスト)

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