
ソウル西部地裁の敷地に侵入し、警察(奥)と対峙する人々=1月19日(共同)
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異様な事態だ。
戒厳令宣布を巡り、内乱を首謀した疑いで韓国の尹錫悦大統領が、捜査機関「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」と警察の合同捜査本部に身柄を拘束された。尹氏は国会の弾劾訴追で職務停止中とはいえ、現職の大統領である。
韓国大統領に関しては在任中の暗殺や亡命、退任後の自殺や刑事訴追の例はあるが、現職での拘束は韓国史上初めてだ。
大統領は、国家元首と行政のトップを兼ねた存在である。その地位の重さゆえ、在任中は、刑事訴追されない特権がある。唯一の例外が内乱罪だ。

尹氏の罷免の是非を決める憲法裁判所の審判も始まっている。審判と捜査が並行して進む事態は異常というしかない。
合同捜査本部は1月3日にも拘束を試みたが、大統領警護処に阻止され、断念していた。尹氏は今回、「流血の事態を防ぐため不法捜査だが出頭に応じる」とのメッセージを出した。
戒厳令以降、国政は麻痺(まひ)に近い状態となっている。その弊害を被るのは国民だ。
昨年末には韓国南西部の務安国際空港で179人が死亡した旅客機事故が起きた。
韓国国内で最悪となった航空事故は、対応に当たる本来の政府の司令塔役の大半が「空席」という異常な事態を白日のもとにさらすことにもなった。

尹氏だけでなく、大統領権限代行を務めた韓悳洙首相も、野党が多数派を占める国会で弾劾訴追された。事故の捜査を指揮すべき警察庁長官は内乱容疑で逮捕されていた。事故現場の捜索などを支援する軍も、前国防相が内乱重要任務従事などの罪で起訴された。
このため、弾劾訴追の連発で行政の機能低下をもたらした野党にも批判の矛先が向けられている。韓国メディアは、最大野党「共に民主党」が尹政権発足後に提出した弾劾訴追案は約30件にものぼるとし、同党の李在明代表の捜査を担う検事も対象になったことを批判した。

大統領代行の崔相穆経済副首相兼企画財政相には、一連の混乱の収拾が求められている。
与野党が政争に明け暮れて対外的な警戒が疎(おろそ)かになれば、核戦力を強める北朝鮮など周辺の専制国家に乗じられる恐れがある。そのことを崔氏らは肝に銘じてほしい。
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2025年1月16日付産経新聞【主張】を転載しています
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