言葉は生き物であり、時代の移ろいによって大きく変化する。「新語」「珍語」を紹介しよう。
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日本語と英語の新聞(©JAPAN Forward)

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某報道機関で記事を世に送り出す最終関門の担当者として、校正・校閲の仕事も兼務している。日々洪水のように送られてくる原稿の中には「おや?」「はて?」と首をかしげる言葉遣いや表現が少なくない。一方、表題に掲げた通り、言葉は生き物であり、時代の移ろいによって大きく変化する。このコラムでは日々の言葉との格闘の中で出会った「新語」「珍語」を紹介していきたい。

校閲者にとって今年最大の「新語」は「存亡の危機」だ。「別におかしいところはないんじゃない?」といぶかしむ読者がもはや大半かもしれないが、「存亡」とは「存続することと滅びること」であり、それが危機にあるとなれば、「どちらが危機にあるの?」ということになる。元来は「存亡の機」(存在するか滅亡するかの大切な場合、広辞苑第7版)であり、原稿中に「危機」を用いた誤用表現があるたび修正を加えてきた。

もっともこの表現、小説などでは随分以前から誤用されてきており、むしろ誤用表現が市民権を得つつある現状にあった。ところへ、元来の表現に引導を渡すかのような出来事があった。

9月中旬に公明党が発表した、参院選敗北を総括した文書に「存亡の危機」と明記されたのだ。天下の公党が大々的に発表した文書の表現を「誤用だから」と「存亡の機」に改めることはまかりならぬ。「はて?どうしたものか?」。急遽、鳩首会議をして「存亡の危機」にゴーサインを与えたのである。まさに「存亡の機」という言葉が「存亡の機」を迎えたのが今年であった。

金属活字(Photographer: Willi Heidelbach, Licensed under Wikimedia Commons)

一方、誤用ではなく、突如として巷間で使われ始める言葉もある。正反対、真反対の意味を表す「真逆(まぎゃく)」という言葉だ。

個人的には初めて接したのは民放のバラエティ番組で芸能人が発した言葉だと記憶しているが、調べると2000年代に入ってから使われ始めたという。平成後半以降に生まれた若者には何の違和感もないだろうが、それだけ新しい言葉であるが故に、昭和世代には何とも腑に落ちない。

この言葉を一般紙に見つけた時は驚愕した。十数年前、某経済紙の連載記事であったが、「エコノミストや学者などの寄稿ならともかく、言葉をなりわいとする記者が堂々と使用するとは…」という衝撃であり、同僚と顔を見合わせたことを今でも覚えている。

この「真逆」に関しては未だに使う気にはなれない。もちろん、この表現を使っている原稿にはダメ出しをし、「正反対」に修正することは言うまでもない。

筆者:木挽町太郎(こびきちょう・たろう)

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