弟子屈総本店の味噌ラーメン。阿寒ポークも絶品だ(杉浦美香撮影)
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ユネスコ世界自然遺産の知床国立公園と阿寒摩周、釧路の国立公園に向かう拠点である北海道・弟子屈(てしかが)町。その地で、町の名前を冠にした「弟子屈ラーメン」総本店の一杯のラーメンの味を求め世界中から客が訪れている。その数は年間町の人口の約20倍の約11万5千人。「食」が地方創生の起爆剤となっている。
駐車場いっぱいの車
国道391号沿いにある弟子屈ラーメンで知られる「弟子屈ラーメン」総本店。訪れた11月は観光のシーズンオフだが、お昼どきには順番待ちとなり、店は活気にあふれていた。
「夏の観光シーズン、特にお盆時期には40席が満席になり、1日800人が訪れます」と創業者の菅原憲一さんは話す。

「弟子屈ラーメン」は道内随一の繁華街であるススキノはじめ全国で9店舗を構えている。ススキノや空港の店が海外の客でにぎわうのは想像に難くないが、地方のこの町にも海外からの客が引きもきらない。
スペイン・バルセロナから訪れた消防士、カルロス・ルイス・ヒメネス(Karlos Ruiz Jimenez)夫妻は北海道滞在中、2度目の来訪だった。日本人の妻の知子さんは「スペインでも日本のラーメンを食べられるが、価格は高い。ここは手ごろで一味違う」と笑顔を見せる。

家族6人で訪れた台湾の女性は「ユーチューバーが絶賛していたのでレンタカーを走らせて来た」と話した。こちらも2日続けての来訪だった。
海外の大手口コミ旅行サイトTripadvisorで2024年と2025年と2年連続で「トラベラーズチョイスアワード」に選出されている。

弟子屈ラーメンのルーツ
店名から、菅原さんは弟子屈出身と思われがちだが、同じ北海道でも330km離れた留萌(るもい)出身。東京のデザイン学校を卒業し、都内の広告会社で働いた後、札幌で広告制作に携わり、ラーメンの本の制作や各地の有名ラーメン店を集めたフードパークのプロデュースも行った。そのうち客席ではなく舞台にたってみたくなったという。

ラーメンの作り手としての経験はゼロだったが舌には自信があった。マーケティング理論に基づき、これまでのノウハウを実践に移すことにした。そのためにはチェーン店展開と調理工程の一部を集約するセントラルキッチンを作らなければならない。本店とセントラルキッチンは、観光パンフレットの制作で足繁く通い、自然や食にほれ込んでいた弟子屈で出したかった。
「弟子屈は自然豊かでポテンシャルは高い。ホテルの投資などが周囲に流れて停滞しているが、単価が低いラーメン店なら絶対に成功すると思った」と菅原さんは振り返る。

こだわりの醤油ラーメン
とはいえ、いきなり弟子屈で人を確保して出店するのはリスクが大きい。最初は大都会である札幌でスタートした。札幌といえば味噌ラーメンが定番だが、醤油で勝負することにした。「味噌は、既にたくさんの先輩がいる。札幌で評価されるためには醤油しかないと思った」と菅原さん。約3カ月かけて、料理人と一緒に北海道中のラーメンを食べ歩いた。
2003年、地下鉄二十四軒駅の近くに1号店を出店。豚骨、鶏ガラ、野菜を低温で煮込んだ後、24時間冷蔵庫で寝かし、スープ炊き込み時に出る脂を加えた濃厚な醤油ラーメンでスタート。札幌中央卸売市場の近くだったことから、仕入れに来る料理人らの眼鏡にかない人気店に。2年後には、ラーメンのメッカであるススキノの元祖さっぽろラーメン横丁に2号店を出店する。札幌定番の味噌にもチャレンジ。醤油と同様、評判となり激戦区で行列ができる店になった。
開業から3年目の2006年、念願だった弟子屈で総本店を出店する。店舗の規模は約40坪(132平米)、席数も1号店の3倍近い40席にし、セントラルキッチンも店内に作った。
最後のピースを埋めた魚介搾り
素材は、地元にとことんこだわった。オホーツク産のホタテの貝柱、干しエビ、複数の魚の粉を使用して作った魚介醤油のかえし(タレ)を作り、タマネギや白菜、豚骨などで作ったスープで割る「魚介しぼり醤油ラーメン」を完成させた。
「4年目で思い描いていたラーメンを完成させることができた。弟子屈で最後のピースを埋めることができた」と菅原さん。味噌ラーメンにも、醤油ラーメンの製造過程でできるしぼった粉やワインを加え、濃厚さの中に素材の甘さと優しい和ダシの味わいを生み出した。
「弟子屈は摩周湖や屈斜路湖の伏流水が流れ、水も良質で恵まれている」と菅原さん。
北海道をツーリングに来たバイカーたちの口コミに支えられ、テレビ番組にも取り上げられ、「聖地巡礼」のように交通の便が悪い弟子屈に多くの客が訪れるようになった。
新千歳空港でソバへの挑戦
ラーメンだけではない。2015年にはソバ事業にも挑戦。札幌市内に「蝦夷前そばと豚丼 北堂」をオープンさせた。北海道は国内最大のそば生産地だ。道産そば粉と北海道の食材にこだわった「蝦夷前」として人気店になっている。

昨年5月には、北海道の玄関口・新千歳空港にも進出した。北海道名物の豚丼や酒の肴も提供。立ち食いカウンターもあり、フライトの時間が迫っていても軽くソバをすすることができる。

菅原さんセレクトによる日本酒、季節ごとにリリースされている道・厚岸のウイスキーのボトルも品揃えしている。
2015年にオープンしたラーメンの新千歳空港店と合わせ、二枚看板で「菅原ワールド」を展開している。
ローカルにこだわって世界へ
「味はみんなの平均値ではだめ。自分の好き嫌いの感覚を信じ、こだわりで決める」のがモットーだという。最近は函館名物のイカの塩辛を使った新メニューを作りだしてきた。ラーメン職人でなかったからこそ、聞く耳を持ち新しい試みを実践している。
北海道だけではなく、福岡や兵庫・甲子園、三重・長島と店舗数は増えたが、基本となるスープは全て弟子屈のセントラルキッチンから送り、味のブレをなくしている。海外向けに特に宣伝してこなかったが、弟子屈というローカルにこだわり続けてきたことがインバウンド人気につながった。

「Think globally, act locally(地球規模で考え、地域から行動する)というが、私はThink locally, act globally。ローカルにこだわり続けたことが世界の扉を開けてくれた」と話す。
弟子屈総本店は今年、開店20周年を迎える。それに合わせて大改装中だ。全国から訪れる「聖地巡礼」の客を迎えるために8人が入れる特別ルームを新設、客席は10席、トイレも増設する。5月には完成予定だ。
一杯のラーメンが世界に発信するスイッチとなっている。


筆者:杉浦美香(Japan 2 Earth編集長)
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