インドのモディ首相(左)と高市早苗首相
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私がまだ中学生だった1962年、中国がインド北東国境地帯へ侵攻した際、大きな衝撃と恐怖を覚えた。人民解放軍は後に撤退したものの、それ以来60年以上にわたり、私はインドと中国の関係を注意深く見つめ続けてきた。そこには、日本がインドの経験から学び得る重要な示唆があると強く感じている。
中国の影響力拡大は、日本とインドの双方に共通する課題を生み出している。インドはヒマラヤ地域で継続的な国境緊張に直面し、日本は尖閣諸島周辺の海域や広いインド太平洋の動向に対応している。
2020年のラダック対峙以降、インドが取った対応には、日本が参考とすべき実践的な示唆が多い。主要利益への「揺るぎない姿勢」と、着実な外交の両立。経済の強靭性、戦略的パートナーシップの構築。こうした取り組みは、緊張を悪化させず安定を促すために欠かせない。
2020年ラダックでの動き
2020年4月のラダック情勢は、徐々に積み重なる変化が既存の立場をいかに変えうるかを示した。中国軍は、これまでインド側が掌握していた地域へ前進した。これは、1993年から2013年に締結された現状維持のための各種合意にもかかわらず発生したものである。その後、軍団司令官級会談は18回に及び、緩衝地帯や部隊の離隔措置が合意された。両国はヘリパッドやレーダー施設などのインフラ整備も進め、日本は東シナ海で同様のパターンを目の当たりにしている。定期的なプレゼンスの積み重ねが、時間をかけて「現場の空気」を変えていく。公式な主張はそのままでも、環境は少しずつ動いていくのだ。

経済的相互依存の限界
インドと中国の貿易額は2024~25年で約1280億ドルに達する。日本も中国と深い経済関係を持つが、それが摩擦の抑制にはつながっていない。両国が学んだのは、「経済関係だけでは、戦略的行動を抑制できない」という現実である。そのため、明確な戦略性と備えが不可欠となる。ラダック以降、インドの戦略的調整により、中国側にも一定の再考が見られた。日本が進めるサプライチェーン多角化も、同様に脆弱性への気づきに基づくものだ。
インドの強化策と日本への示唆
インドは、重要インフラへの投資と対話継続の両輪で立場を強化した。ダルブク―ショク―ダウラト・ベグ・オルディ間道路の建設などにより、辺境へのアクセスが改善し、監視能力や兵站体制も大幅に向上した。外交面でも特別代表会談や軍事対話が継続され、緊張管理に効果を上げ、日本も東シナ海で、類似した強化策を適用し得る。巡視強化、監視体制の高度化、前方拠点の整備などは即応性を高め、誤算のリスクを下げる。中国との定期的な対話も、誤解を減らす点で有効だ。

経済安全保障の強化
スタンドオフ後、インドは特定アプリの使用を制限し、敏感分野への外国投資を精査した。また電子機器・半導体の国内生産を支援し、輸入依存を徐々に低減させた。日本は「チャイナ・プラス・ワン」を推進し、インドを含む他国へ生産分散を進めている。半導体、重要鉱物、グリーンエネルギーなどの分野での日印協力は将来性が大きい。これらは双方が「経済的圧力」を受けにくい体制づくりにつながる。
パートナーシップの力
日印はクアッドや二国間枠組みを通じて協力を深化させている。海洋安全保障や先端技術を含む安全保障協力は、地域の抑止力を高める。インドの北東部高速道路計画は、中国による包囲懸念に対する対応でもある。日本もクアッド、東南アジア諸国連合(ASEAN)、同志国との連携強化により、均衡ある地域秩序の形成に貢献している。
2025年以降の動き
2025年9月には、競争が激化する国際環境の中で日印協力が一段と強化された。対日貿易は安定成長し、中国との関係とは対照的だ。「中国要因」は日印関係を後押ししている。
高市早苗首相が20カ国・地域(G20)首脳会議でモディ首相と行った協議では、AI、半導体、サプライチェーン強化が議題となり、自由で開かれたインド太平洋を支える重要な一歩となった。
外交の持続力
インドはBRICSや上海協力機構(SCO)など多国間枠組みを通じて中国と関与している。主権尊重・相互尊重の原則を掲げた高レベル対話により、協力分野を確保しつつ、国境問題が全体の関係を覆い尽くすことを避けている。日本も同様に多国間外交を活用し、日印・日豪などと足並みをそろえつつ建設的な対応を促している。

インドの経験が示すもの
インドのアプローチは、多層的な戦略が効果を持つことを示している。防衛力強化と経済多角化、対話継続とパートナーシップの併存。日本もすでに同様の方向性で進んでいるが、インドの「強さと柔軟さの両立」からさらに洗練した方策を得られる。強靭性の強化と対話へのコミットメントは、安定したインド太平洋をつくる基盤となる。
ラダックと東シナ海:継続的管理の重要性
ラダック国境では、巡回方式やインフラ整備の「持続的な適用」が、現状変更の防止に寄与している。透明性の確保は国内の理解を促し、経済政策も進化を続けており、パートナーシップは共同演習や技術移転といった具体的成果を生んでいる。日本の海域でも、ジブチ基地の強化や日印共同の南アジアインフラ支援など、同様の枠組みが役立つ。
適応力が未来を左右する
2025年のアジアのパワー指数でインドは高順位を占め、戦略的優位性が増しており、日本は経済力と地理的優位を備え、両国は共通の懸念へ協力して対処できる立場にある。インドの経験は、「積極的だが過度に挑発しない姿勢」、「強靭性の構築」、「対話の継続」が安定をもたらすと示している。多様な強みと開かれた対話の維持が、地域の均衡へとつながるだろう。
筆者:ペマ・ギャルポ(政治学者)
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