京都市南区のニデック本社
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日本の株式市場にはまだ残念なことがいくつかあるが、投資損失を抱えた責任が投資家にはないのに、「投資などにうつつを抜かすから悪いのだ」と非難されがちなこともその1つだ。典型的なのは上場企業の会計不正に端を発した株価の急落。株式市場を資産形成の場として整えたいのならば、零細な投資家が泣き寝入りしなくてもすむような制度の構築が急務ではないだろうか。
図表1は不適切会計で問題になっているニデックの株価の推移を示している。5月29日に海外子会社の監査に遅れが生じていると発表し、資料の不備が表面化したが、その後、不適切な会計処理が相次いで発覚して「病巣」の広がりが明らかになった。

株価は9月4日、10月28日、11月17日の3回にわたって急落した。9月4日は前日にニデック自ら、本体とグループ会社で不適切会計の可能性がある事案が見つかったと発表したのがきっかけだった。10月28日は前日に東京証券取引所がニデック株を特別注意銘柄に指定したためだ。11月17日は前週末に発表した2025年4~9月期決算を受けた売りだった。
1973年に自宅の6畳間で事業を始めた同社を、2021年2月には時価総額9兆円弱の企業まで育てた創業経営者の永守重信氏は経営が悪化した企業を次々と買収・再生させてきた。強烈なリーダーシップは賛否両論を招いたが、日本を元気にする企業の1つだったことは間違いなく、株式市場でも人気があった。

全容はなお第三者委員会が調査中とはいえ、取締役の関与も濃厚な不適切な会計処理をしていたのでは、上場企業としての資格を疑われても仕方がない。直近の時価総額はピーク時の約4分の1の2兆3000億円台にまで減少し、まだこれで下げ止まったかどうか、何ともいえない状況である。
すでに株価の急落によって投資家が受けた損害をめぐっては、海外の法律事務所が賠償を求めて集団訴訟(クラスアクション)の提起に乗り出そうとしている。国内ではまだ訴訟に関する情報はないが、大手機関投資家は受託者責任の観点からいずれ動くことになるだろう。
しかし、一般の個人投資家ら国内の零細な投資家が損害の回復を目指しても、そのハードルは高く、結局は泣き寝入りを迫られることが多いのではないだろうか。その理由はいくつかある。第一に仮に集団訴訟を起こすことになったとしても、米国のようなクラスアクションではなく、多くの投資家が集まって原告団となり、提訴することになるからだ。
米国の制度との大きな違いは、米国ではオプトアウト型を採用している、つまり、訴訟に参加しないと表明した人を除いて、同じような損害を被った人には自動的に判決の効力が及び、損害賠償を受けられることだ。日本はいわばオプトイン型だから、自ら訴訟に参加して原告の一人にならない限り、勝訴しても損害賠償を受けられない。
第二に米国のようなディスカバリー制度もない。裁判所での審理が始まる前に相手方に対して証拠の開示請求ができる制度で、強制力があり、応じない場合には罰則もある。日本の民事訴訟法にも2004年の法改正で似た制度が導入されたが、強制力や罰則がない点で、効力が不十分だといわれている。
第三にこれまでの事例では、投資家が株価下落で被った損害のうち、裁判所が賠償を命じるのが少ない傾向があるという。今回も東証が特別注意銘柄に指定したのを受けて株価指数の計算対象からニデックが除外され、指数連動の運用をしている機関投資家から大量の売りが出たが、こうした機械的売買による株価下落がニデックの責任だと認定されるかどうかわからない。懲罰的損害賠償制度がある米国に比べ、原告が得るものが少ない。
つまり、日本の一般の個人投資家は、手間をかけて訴訟に参加しても十分な賠償を受けられないのならば、面倒なことはやめておこうという判断に傾きがちなのである。自分の投資判断が間違って損失を被っても、企業側の不適切行為が原因で損害を被っても、「運が悪かった」というだけの話になってしまうのだ。
日本では図表2に示すように、不適切会計や会計不正が増え続けている。上場企業の不正行為で投資家が損害を受けた場合に、適切に賠償される制度が整っていないのならば、株式投資はだまされたほうが悪いというだけのことになる。

政府は資産運用立国の実現を唱え、少額投資非課税制度(NISA)を拡充して証券投資による資産形成を促しているのだから、訴訟制度の観点からも「だまし合い」の要素を排除していく必要があろう。
もちろん米国と社会構造が異なる日本に、米国のクラスアクション制度をそのまま導入すればいいというものではない。ただ、日本にもっと個人など少数株主の利益を重視した法的基盤が必要なのは確かだ。ニデックの問題を契機に、証券訴訟に精通した法律事務所などが、既存の制度の刷新が必要だと感じさせるような議論を巻き起こしてくれないだろうか。
筆者:前田昌孝(マーケットエッセンシャル主筆)
■前田昌孝氏略歴
1957年生まれ。79年東京大学教養学部教養学科卒、日本経済新聞社に入り、産業部、神戸支社、証券部、ヴェリタス編集部などに記者・編集委員として勤務し、2022年嘱託定年で退職。この間91~94年米国ワシントン支局記者、2010~12年日本経済研究センター主任研究員なども務める。日本経済新聞社退職後は妻とともに合同会社マーケットエッセンシャルを設立し、主筆としてマーケット情報を発信。
『株式投資2026』(日本経済新聞出版、2025年)、『バフェット解剖』(宝島社、2023年)、『株式市場の本当の話』(日本経済新聞出版、2021年)など株式市場に関する著書多数。中央経済社「企業会計」、金融ファクシミリ新聞、レコフデータ「マールオンライン」に定期寄稿している。
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