
虫の遺影が並ぶ中で営まれた虫供養=2024年12月、兵庫県赤穂市の妙道寺
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大阪・関西万博の会場(大阪市此花区)で深刻な問題となったユスリカの大量発生に対応したことで、注目を集めた衛生用品メーカー「アース製薬」。家庭用殺虫剤「アース」や「ごきぶりホイホイ」などのヒット作を世に送り出してきた「殺虫・防虫のプロフェッショナル」だ。その力の源泉は、独特の虫との付き合い方にある。同社と虫との深い関係を探った。
現在でこそ東京に本社を置くアース製薬だが、創業は明治25年、大阪・難波だった。その後、43年に工場を兵庫県赤穂市に建設し、大正14年には同市で会社を設立。現在でも同市内にある2工場で従業員の4割、国内生産の9割を占めるなど、関西との縁も深い。

それゆえに大阪府とも包括連携協定を締結。その縁もあり、5月ごろに万博会場で大量のユスリカが発生した際、府の要請でユスリカ対策に乗り出した。5月下旬、2025日本国際博覧会協会の関係者とともに現地調査を実施。技術的な助言をしたほか、防虫スプレーや防虫ファンなどの物品を提供した。
ユスリカは5月以降減少傾向にあるが、今後も発生の波が訪れるとみられ、同社は「協会の求めに応じて協力させていただきたい」としている。
100種以上の虫
こうした要請に対し、同社が即座に動けるのにはワケがある。それは同社が誇る「研究所」の存在だ。
主力工場の一つ、坂越工場(赤穂市坂越)の敷地内にある研究所には、研究者ら100人以上のスタッフがいる。そのうちの1人で生物飼育のマイスター、有吉立(りつ)さんが説明してくれた。
「ここでは100種類以上の虫を飼育しています。ハエやカはそれぞれ約5万匹ずつ、ゴキブリなら約100万匹いるんです」

飼育・研究に携わって30年近くになる有吉さん。無数にいるカを雌雄に分けることなど瞬時のワザ。血を吸うのは雌だけのため、研究上必要な作業だという。また、放し飼いの形でゴキブリを育てている部屋には、エサや水のメンテナンスのため週1ペースで入っているそうだ。
これほどの規模で生物を繁殖させ、飼育しているのは殺虫剤や防虫剤など新商品の研究開発のため。生物の生態や特徴などを調べたり、開発している新しい薬剤に対する効果の有無や反応などを分析したりするのに活用している。
こうした努力の蓄積があるからこそ、セアカゴケグモやアルゼンチンアリなど特定外来生物の日本への侵入や、一昨年秋以降に韓国や欧州で問題になったトコジラミの繁殖など、その時々の新たな事象に対しても、即座に新たな商品を投入することができたのだ。
小さな命を投げうって研究・商品開発に貢献してくれた虫たちに感謝しようと、同社が執り行っているのが「虫供養」。約40年間、赤穂市内の寺院で続けられてきた恒例行事で、毎年1年間の研究開発が一段落する12月に営まれている。
昨年12月には、大量発生や被害拡散の報告が増えたカメムシやトコジラミをはじめ、ゴキブリやハエなどの〝遺影〟が寺院の本堂に並べられ、参列した研究者たちが合掌・焼香して虫たちの冥福を祈った。きわめてマジメな仏事だ。
小堀富広研究部長は「虫の生態を知らないことには商品開発を進めることができず、研究所で飼育している虫の存在は欠かせない。虫に『ありがとう』という気持ちで手を合わせている」と話していた。
「社長からのおごり」
坂越工場内の食堂に立ち寄ると、「克宜さんのおごり自販機」と明示された自動販売機が目に留まった。
「『克宜』は川端克宜社長のこと。社員が2人で一緒に自販機に社員証をタッチすれば、1本無料でゲットできるんですよ。社長からのおごり-というわけです」
社内の誰とでも誘い合って、何でもないおしゃべりをする中から「何かヒントが生まれる」「いい仕事のきっかけになる」との考えだとか。1人1日1本、同じペアは週1回。より多くの仲間とコミュニケーションを取ってほしいという、社の思いだろう。
この自販機は東京の本社と赤穂の別の工場と合わせて3カ所に設置。ヒット商品はこうした社内風土から生まれるのかもしれない。
筆者:小林宏之(産経新聞)
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