創業して120年となる文房具専門店・伊東屋の伊藤明社長が、オリジナル商品の強化、海外展開の構想を語った。
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伊東屋・ROMEOの万年筆とボールペン =東京都中央区(三尾郁恵撮影)

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東京・銀座で創業して120年となる文房具専門店の伊東屋の伊藤明社長が産経新聞の取材に応じた。デジタル社会の定着で「今後は出かけて買い物すること自体が特別になる」とし、店舗での販売を軸にオリジナル商品を強化する考えを示した。現在ある米国での店舗とは別に、将来は伊東屋を体現するような新しい店舗を海外展開する構想も明らかにした。

伊東屋の伊藤明社長=東京都中央区(三尾郁恵撮影)

──銀座本店は円安の影響もありインバウンド(訪日客)に人気だ

銀座本店の売り上げの約4割は外国人で、客単価も高い。ただ、他の住宅地に近い店舗ほど物価高の影響もあり、客単価は場所によっては銀座の約4分の1まで下がっている。住宅地は一軒家があり、人がある程度住んでいても高齢化が進み、購買人口は減っている。そうした地域の店舗を今後も維持できるのかをいずれ見極めないといけない。小売店が成り立つ地域は将来的に少なくなるだろう。

ボールペンと万年筆について記者に説明する伊藤明社長(左)=東京都中央区(三尾郁恵撮影)

楽しい体験を提供

──それでも店頭販売にこだわっていく

銀座本店では飲食店や貸し会議室など空間事業も手掛けているが、いずれも本業の店舗の収益にプラスになっている。日本だけでなく世界中でいえるが、今後は買い物に行くこと自体が特別なことになる。新型コロナウイルス禍で買い物に出かけなくても生活は何とかなったし、大半のモノはEC(電子商取引)サイトで買える時代。でも、人は都市部か地方かを問わず、どこかに出かけて買い物をしたい欲求がある。それを満たすためには店舗で楽しい体験ができ、持ち帰った商品は思い出として自分のモノになる。そういう体験を提供できることが大切になる。

──デジタル化が加速しても文房具の需要はあるか

伊東屋の考える文房具とは何か。伊東屋らしい店舗とは何か。社員とともに長い時間をかけて考えてきた結果、『クリエイティブな時をより美しく、心地よく』をお客さまに提供する。そのために『毎日来ても心地よく、笑顔になれて、新しいインスピレーションを得られる店』を目指す。文房具は人間の創造的な営みに関わる全てと捉えているので、ダイニングやリビング周りの商品も扱っている。例えば、(仏具の)おりん。昨年から販売を始め、外国人によく売れているが、彼らはおりんをヨガで使っていて、誰も仏具だと思っていない。文房具の『房』が部屋を意味するように、手に持てる道具だけではなく(道具が使われる)空間や環境も考えて商品を展開していく必要がある。

オリジナル商品を増やす

──1914年に万年筆から始まった「ROMEO(ロメオ)」などオリジナルブランドに注力している

売り上げ全体に占めるオリジナル商品の割合は、全店平均で2019年は8・9%だったが、24年は17・5%になり、売上高も2倍超と好調だ。各店舗では利益のベースであるオリジナル商品を強化する一方、イベントなどで新鮮さを演出するなどヘビーユーザーの方が来店しても飽きない仕組みを工夫し、利益を確保していきたい。

昔は『お客さまは神様』とか『企業努力』という言葉の背景に、『お客さまが欲しいものは安いものに違いない』という考え方があった。だから、小売業は商品原価を落とせなければコスト削減が不可欠だった。でも、本当にそうなのか。同じものであれば私も安いほうがいいが、価格が多少上がってもお客さまは価値を認めれば買ってくれるし、会社の収益が増えれば人件費にも回せるようになる。うちは大企業でもないし、売り上げの過半を店舗が稼ぐので、社員には『あなたたちの努力がお客さまの購買に直接つながっている』と伝えている。

──今後、会社が生き残るためには何が必要か

社内では『メゾン』を目指そうという言い方をしている。メゾンはフランス語で家や建物という意味だが、要は高級ブランドのように、自分たちで商品を企画し、商品に合った工場を選んで製造し、販売する環境も店内の照明温度一つから徹底的にこだわり、自分たちならではの接客をする。嗜好(しこう)品を扱うこれからの小売りには、多様なブランドの商品を店舗に集めて売るセレクトショップではなく、メゾンのような経営が求められるのではないか。

われわれもいつか日本の伊東屋として、現在米国で展開する店舗とは別に、私たちが日本で育てているアイデンティティーを海外に出していけるようになりたい。そのためにも将来は全体の8割くらいがオリジナル商品になる必要があると考えている。

オリジナル商品などを販売する銀座別館「K.Itoya」で、伊藤明社長におすすめの商品の紹介のほか、万年筆とボールペンの違いなどを解説してもらいました。

ジュエリーケースやメガネケースも

記者「ROMEO(ロメオ)は憧れのブランドです。今日はせっかく社長にお目にかかれたので、オリジナルブランドを紹介していただければ」

伊藤社長「憧れといってもらえてよかったです(笑)。ロメオは初代がつくってから100年以上名前としてあります。カラーチャートは、日本には以前、革には黒とかしか色があまりなかったので、革を染めるところから始めたブランドです」

記者「おすすめや最近人気の商品はありますか」

伊藤社長「旅行に持っていけるジュエリーケースは年末に出した黄色が人気です。メガネケースはメガネが4つ入るケースがよく売れるんですよ」

記者「わかります。メガネやサングラスなど入れたいなと」

伊藤社長「そうですか。私はバラバラに置きたいタイプかな(笑)」 

メガネケース =東京都中央区(三尾郁恵撮影)

<K.Itoyaの1階売り場から移動し、伊藤社長に筆記用具について解説してもらう>

万年筆は引く、ボールペンは立てて書く

伊藤社長「筆記具は、最初につけペンがあって、それが万年筆になって、ボールペンが出てきたという流れですが、万年筆は力を入れないで基本的に引くようにして書くもの。一方、ボールペンは立てて書くものなんです。ボールペンが普及して皆さん、立てて書く癖がついた。それで万年筆ではなくボールペンでいいやってなったのが、今度はパソコンが出てきたのでボールペンもいらないというふうになり、今は書くことが特別なことになったんです」

ペンケース =東京都中央区(三尾郁恵撮影)

記者「特別なことだから(筆記用具も)特別なものがいいよね、と」

伊藤社長「だから万年筆は(お客さまが)戻ってきているんです」

記者「たまにつかうものと実用的なものと両方あればいいですね。ロメオはどんな人が使っているのですか」

伊藤社長「10代でも使われているし、女性も。一回り細いタイプもありますし」

老舗文房具店「銀座・伊東屋」のオリジナル商品などを販売する銀座別館「K.Itoya」 =東京都中央区(三尾郁恵撮影)

ピンク以上に売れる水色と紺色

記者「ロメオには社長のこだわりがつまっていそうですね」

伊藤社長「色によっては中が少し透けて見えて、『甘エビ食べる?』みたいな感じが嫌だというお客さまもいるので、新しいものは中が透けないようにしています。色はその人のアイデンティティーだと思います。一番合わせにくいのはピンクだと思うのですが、ピンク以上に売れるのは水色と紺色。女性も紺色を使われる人は多い」

老舗文房具店「銀座・伊東屋」のオリジナル商品などを販売する銀座別館「K.Itoya」 =東京都中央区(三尾郁恵撮影)

記者「この色、いいですね!」

伊藤社長「いいでしょ?ダークグリーンとかにするともっときれいです。なんだか、サンプルとか売っていないものばかり持ってきちゃったな(笑)」

記者「将来、販売されるかもしれないですから(笑)」

伊藤明(いとう・あきら) 1964年、東京都生まれ。慶応大卒業後、米国のアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで工業デザインを専攻し、91年卒業。92年、伊東屋入社。システム開発室、玉川店などを経て2001年、取締役。05年から現職。

■編集後記

今、高級筆記具が売れているという。文書作成はスマートフォンやパソコンが主流になり「書くことが特別なことになった」(伊藤社長)ためで、ロメオのボールペンは親に贈られた中学生のファンもいるという。物価高の中で聞くとぜいたくに感じるが、自筆で文章を書く時間を持つ若い世代がいるのだと知り、うれしく思った。伊藤社長は「時代を読み取るセンスが大事だ」と語る。小売業界の競争が激化する中、オンリーワンの文房具屋を目指す伊東屋の挑戦は続く。

筆者:小川真由美(産経新聞経済部長)

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