英国のブレア元首相(67)は8月4日までに産経新聞の電話によるインタビューに応じ、中国が習近平国家主席の下、「ここ数年間で一層権威主義化した」と強い危機感を示した。その上で、自由主義諸国が連携して中国の脅威に対抗する必要があるとし、英米など5カ国で構成する機密情報の共有枠組み「ファイブアイズ」への日本の参加について、「われわれは検討すべきだ」と述べた。
ファイブアイズは英語圏の枠組みだが、ブレア氏は「ファイブアイズと日本は中国問題において共通の利害で結ばれているため、(日本が参加する)十分な論拠があると思う」と語り、日本とも中国関連情報の共有を進めるべきだとの認識を表明した。
ブレア氏は1997年の香港返還時に首相を務めた。中国の「権威主義化」の例として香港国家安全維持法(国安法)施行を挙げ、「国安法は中国本土の政府に香港の市民が懸念する権力を与えており、(香港の高度な自治を保障した)『一国二制度』に矛盾している」と批判。一国二制度方式による香港返還を定めた中英共同宣言による「合意の基礎が弱体化している」と述べた。
英国の対中政策に関し、ブレア氏は「中国の経済が発展するにつれて政治もより開かれたものになるとの仮定が前提になっていた」と説明したが、実際には逆方向に向かっていると断言。習体制が共産主義を西側諸国の民主主義に代わるより優れた制度であると考えているとすれば「大きな過ちだ」と非難した。
ブレア氏は、中国を自由主義社会に敵対的な専制国家と位置づけたポンペオ米国務長官の7月23日の演説を評価し、「新型コロナウイルスの感染拡大で米中対立が加速している。11月の米大統領選で誰が大統領に就任しても(対中強硬姿勢は)維持される」とした。
英政府による第5世代(5G)移動通信システムからの中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)製品の排除を「最終的に米国と方針を一致させた」と評価。中国が台頭する中、欧州と米国の連携が重要になるとし、「英国は米欧間の懸け橋になるため努力すべきだ」と語った。ただ、欧州連合(EU)離脱で英国が米欧間を仲介するのが「難しくなった」と述べた。首相として親EUの立場を明確にしていたブレア氏は離脱に反対していた。
詳報は次の通り。
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―香港国家安全維持法(国安法)が施行された
1997年の香港返還には(香港の高度な自治を保障した)『一国二制度』の理念に基づく中英の合意があった。返還当時、(首相として)同制度が守られると確信していたが、最近ではその自信を失ってきた。国安法は中国本土の政府に香港の市民が懸念する権力を与えており、一国二制度に矛盾している。
―香港がこうした状態に陥ると予想していたか
いいえ。私たちは中国政府が(中英共同宣言で一国二制度を約束した)合意を守ると信じていた。中国政府は長期間、合意を守ってきたが、最近では合意の基礎が弱体化している。中国の政治方針は習近平国家主席の下、ここ数年間で一層権威主義化した。
―今の中国をどう評価するか
中国の国民は賢く有能で、世界で最高の技術を生み出している。中国が過去10年間で成し遂げたことには注目すべきものがある。結局のところ(中国の国民は)自由な社会で生きたい。繁栄するためには、ある程度の自由が必要だ。習体制が(共産主義について)西側諸国の民主主義に代わるより優れた制度だと考えているのは大きな過ちだ。
―ポンペオ米国務長官は7月23日の演説で、中国の脅威に対抗するため自由主義諸国の連携を訴えた
ポンペオ氏は演説で、(一層権威主義化した)習体制下の現実をさらけだした。新型コロナウイルスの感染拡大によって米中対立は加速している。米国の対中姿勢は米国の超党派の合意の数少ない項目の一つなので、11月の米大統領選で誰が大統領に就任しても維持される。
―英中関係は今後、どう変化するか
多くの中国人学生が英国に留学し、中国による英国への多大な投資もある。中国や中国国民と良い関係を維持することは英国にとり重要だ。しかし、現在の中国共産党の指導者が(他国に)より強硬な姿勢をとり、独裁政治を強めれば、良好な関係を維持することはさらに難しくなる。
中国の経済が発展するにつれて政治もより開かれたものになるとの仮定が、英国の対中政策の前提になっていたが、習体制下で実際には政治的に開かれた方向に向かっていない。中国が経済を前進させ続けるだけでなく、政治も進化させ、適切なバランスを取ることができるようになることを願っている。
―英政府は米国との連携を強め、第5世代(5G)移動通信システムから中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の製品を排除することになった
(自らの首相時代に)米英関係は強力だった。米国との関係は英国の安全保障と外交政策の重要な部分として常に維持されるべきだ。(ジョンソン政権は)華為の排除で、最終的に米国と方針を一致させた。
―欧州連合(EU)は対中強硬の度合いで米英と温度差がある
中国が台頭する中、米国と欧州が共にあることが重要だ。英国が米国と欧州の間の理解を深めるために協力することが大切だろう。ただ、EUを離脱した英国は欧州での意思決定のプロセスに入っていないため、米欧間の懸け橋という役割を果たすことはより難しくなっている。私は英国がEUから離脱することに強く反対していた。
―今後、日中関係はどうなると予測されるか
日本は中国と同じ地理的地域にあり、経済関係が深く、南シナ海問題は日本の安全保障に直接影響を与えている。そのため、日本はできる限り、中国政府と関わり続けなければならない。日本は特にサイバーセキュリティーを含めた安全保障の分野で(中国を)非常に警戒し、米国や他の同盟国との密接な協力を望むことになるだろう。
―日本は、米・英・豪・加・ニュージーランドによるファイブアイズに参加すべきだと思うか
ファイブアイズと日本は中国問題において共通の利害で結ばれており、(参加する)十分な論拠があると思う。われわれは(ファイブアイズへの日本の参加を)検討すべきだ」
―西側諸国と中国の「新冷戦」は加速するか
中国は世界の経済や金融システムの大部分に関わっているため冷戦の類推は通用しない。気候変動や世界経済、新型コロナ対応といった課題について、(西側諸国が)中国に関与し続けることはとても重要だ。
筆者:板東和正(産経新聞ロンドン支局)
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■トニー・ブレア
1953年、英北部スコットランドのエディンバラ生まれ。94年に英労働党党首に就任し、97年の総選挙で18年ぶりに保守党からの政権交代を実現。97年5月から2007年6月まで英首相を務め、自由競争の推進で安定した経済の活性化を図り、北アイルランド和平の実現にも貢献した。
【用語解説】ファイブアイズ
英語で「5つの目」を意味し、米・英・豪とニュージーランド、カナダの5カ国がテロや軍事に関わる機密情報を共有する枠組み。5カ国は衛星を介してあらゆる通信を傍受・分析する施設を共同利用し、安全保障政策に活用しているとされる。