Kofukuji and Hakkaisan's ‘Special Sake’ 001

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「100年先に残す美味しい日本酒を創りたい」-。世界遺産に登録されている法相宗大本山・興福寺(奈良市)がそんな思いで企画した〝特別な日本酒〟が9月末に完成し、10月9日から興福寺で販売が始まった。清酒「八海山」で知られる新潟県南魚沼市の八海醸造が協力した。発売を前に試飲させてもらった。

 

八海山の水源「雷電様」

 

雷電様の水

 

お酒は、興福寺の森谷英俊貫首(えいしゅんかんす)(71)が「興福寺 樹閒(このま)」と命名、揮毫した文字が黒いラベルに白く浮かび上がるデザインだ。森閑とした森のなかで修業する僧侶をイメージしたものだという。

 

冷やしたお酒を一口ふくむと、純米酒のまろやかな旨味が口中に広がった。フルーツのような吟醸香と、森の中にいるような爽やかな香りのバランスが心地よい。和食はもちろん、洋食にも合う。料理を引き立ててくれる、優しく、洗練されたお酒だった。

 

企画した興福寺執事(僧侶)の辻明俊さん(43)と今年5月、〝特別な日本酒〟づくりを担う南魚沼市の八海醸造を訪ねた。新型コロナの感染拡大の最中、抗原検査を受けて陰性が確認された後、八海山の水源、「雷電様」に案内された。

 

水田の中を進み、車一台が通れる山道を上ること約5分。行き止まりの水源地は、スギやトチの大木がうっそうと生い茂り、地面は緑に苔むしていた。地元の人たちが「美味しい健康長寿の名水」としてわざわざ汲みにくるという清水が斜面からほとばしる。手ですくい飲むと、甘かった。お酒は、森の甘露から生まれたのだ。

 

雪室

 

雪室で眠る

 

もう一つの秘密が、八海山の酒蔵やビールの醸造所、そば店が並ぶ「魚沼の里」にある巨大なコンクリート製の「雪室」である。日本有数の豪雪地帯である魚沼では、昔から農家などが雪室に野菜などの食品を長期間保存してきた。この天然の冷蔵庫には、春先に約1千トンもの雪が搬入され、真夏でも室温2~5度、湿度約90%に保たれている。

 

 

八海醸造相談役で、前製造責任者の南雲重光さん(70)は「雪室で静かにゆっくりと眠っている間に、熟成されて柔らかな酒になります」と笑顔で語った。5月に現地でご馳走になったお酒よりも一層まろやかさと深みが増したと感じたのは、その効果なのだろう。

 

同取締役相談役の湯澤一夫さん(79)は「豊富な名水に恵まれた魚沼は、神様が酒造りのために与えてくれた場所。先代の社長は、変な酒をつくると罰が当たると話していました。1300年の歴史があり、世界に知られる興福寺さんに、(八海山を)選んでいただいたのは大変名誉なことです」と話していた。

 

出荷を待つ八海山の焼酎。日本酒は多種多様で奥深い

 

縁で結ばれる

 

お寺は祈りの場であると同時に、日本の食や芸能といった文化を育んできたゆりかごでもあった。興福寺は近年、肉や魚を使わない「精進ふりかけ」を、ふりかけの「ゆかり」で知られる三島食品(広島市)の協力で商品化し、シーズニングや調味料の味覚を競う欧州でのコンペで「三つ星」を受賞。さらには、精進料理の駅弁をJR東海の子会社とつくり、話題となってきた。

 

八海山の「興福寺 樹閒(このま)」

 

「お酒も日本の大切な文化です。最近は、外国でもつくられるようになっていますが、これが美味しい日本酒だというスタンダードをつくり、100年先、200年先にも残る味と伝統、技術を世界にも伝えていきたい」。辻さんは、そう語った。清酒づくりは実は、室町時代に興福寺とその周辺の寺で始まり、日本各地に広まったと考えられていると教えてくれた。「清酒発祥の地」としての責任のようなものも感じた。

 

しかし、なぜ、興福寺は八海山を選んだのか。

 

「この土地の風土と文化に心を惹かれたんですよ」

 

八海山の水源「雷電様」

 

文化行事を通じて生まれた縁で結ばれ、個人的に何度も魚沼に足を運んだという辻さんの言葉からは、伝統を大切にしながら雪室貯蔵などの新しい技術にも挑戦する八海山の酒造りに対する愛情がひしひしと伝わってきた。

 

お酒は9日、五重塔(国宝)の特別公開に合わせ、境内の国宝館ショップで2千本限定(1本1700円・税込)で販売が始まった。興福寺と八海山の「日本酒愛」が伝わるコラボレーションは未来に何を残すのだろう。今から楽しみだ。

 

筆者:内藤泰朗(JAPAN Forward編集長)

 

 

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