新型コロナウイルスの感染者と死者を低く抑えた台湾では、6月7日からコンサートや卒業式などの大型イベントが解禁され、市民の生活はさらに充実する。他国に先んじてコロナウイルス禍からの復興を進める台湾。その象徴的な出来事は4月12日に世界で最も早く開幕したプロ野球だ。
これまで国際社会であまり注目されてこなかった台湾のプロ野球だが、各国がロックダウン(都市封鎖)をする中で再開し、一気に注目を浴びた。日本、米国、韓国など野球が盛んな国だけではなく、英国、ドイツなど普段野球にあまり興味のない国々のメディアも大きく伝えた。
台湾大手紙のスポーツ担当記者によれば、プロ野球の再開が決まった際、関係者たちはある程度のリスクを覚悟していた。当時は、台湾でも新規感染者が毎日のように確認されていた。しかし、防疫担当の政府高官は「自粛生活が続く市民を励まし、活気と希望を与えたい」との理由で、プロ野球側とさまざまなケースを想定しながら協議を重ね、無観客試合の形で開幕することが決まった。
チームメンバー以外の入場を禁止し、選手たちに毎日体温測定を義務付け、会話する場面を徹底的に減らすなど細かい規定を作った。感染者が確認されれば試合を取りやめる方針も打ち出した。
欧米やアジアのプロスポーツの試合が中止される中、はつらつとプレーする台湾の野球選手たちの姿がインターネットを通じて世界中に発信された。インターネットでの各国の合計観客数が100万人を超える試合が相次いだため、台湾政府は英語による解説を取り入れるなど発信力を強化した。
野球ファンの多い米国では朝食を食べながら台湾の野球中継を見る「モーニング・ベースボール」という言葉ができた。蔡英文総統は4月17日にツイッターで「世界中の友よ、台湾の私たちと一緒に最初のヒットに喝采を送るために、夜更かししたり、早起きしたりしてくれて、ありがとう」との感謝の気持ちをつづった。
快進撃の楽天モンキーズ
そんな台湾のプロ野球チームの中で、台湾メディアがひときわ注目するのが、5月31日の試合で21安打9得点で勝利した楽天モンキーズだ。その強力打線を「暴力猿」と表現した。今シーズンが開幕してから楽天はスタートダッシュに成功し、18勝9敗(6月1日現在)の成績で、ほかの3球団を抑えトップを走っている。
インターネットサービスを展開する日本のIT企業、楽天が昨年9月、台湾プロ野球の強豪チーム、LAMIGOモンキーズを買収した。楽天は台湾で電子商取引、クレジットカード、電子書籍などの事業を展開しており、台湾に参入することで「RAKUTEN」ブランドの価値向上を図る思惑がある。
楽天はすでに宮城県に本拠地を置くプロ野球チームを保有しているため、国際的に2球団を持つ企業として話題を集めた。しかし、楽天モンキーズは台湾で迎えた最初のシーズンは、新型コロナウイルスの影響でいきなり無観客試合での開幕を余儀なくされた。
「貴重な経験をさせてもらった」と笑う球団の川田喜則社長は、「お客さんがいない試合はやはり寂しい」と語り、「テレビの画面を通じてどのように野球の楽しさを伝えるのか、ファンの応援をどう選手に伝えるのかを考えて球団職員が一丸となっていろいろと工夫をした」と振り返った。
約500人分の観客を模した人形パネルに加え、マネキンとヒト型ロボットで構成される応援団を客席に配置し、ゲームを盛り上げた。監督の曽豪駒氏は選手に対し「テレビの前で応援してくれているファンの姿を想像してプレーせよ」とハッパをかけた。
新型コロナの新規感染者の減少に伴い、5月初めからは観客を入れて試合が行われている。
筆者:矢板明夫(産経新聞台北支局長)
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2020年6月3日付産経新聞【コロナ 台湾に学ぶ】を転載しています