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9月12日にJRA(日本中央競馬会)の新理事長に就任した吉田正義氏(65)のインタビューを2回にわたってお届けする。日本競馬は馬券の売り上げで世界一を誇る。近年は競走馬のレベルアップも顕著で、日本馬は海外でも数々の大レースを制するようになった。競馬大国を担うJRAのリーダーが世界の競馬における日本の役割をどのように考えているのか。また、世界に誇る日本流競馬開催システムなどについて聞いた。
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――英国セントレジャーを制したコンティニュアスはハーツクライ産駒で、英国のダービーを制したオーギュストロダンはディープインパクト産駒。どちらも日本産種牡馬の子だけに、日本馬がそれだけ強くなっているという証左といえる
その通りですね。欧州から繁殖牝馬を日本に持ってきて日本の種牡馬と交配しているわけですから、海外でも日本の種牡馬は注目されています。そうやって誕生した馬が英国のダービー、セントレジャーという3冠レースを勝つというのは、日本競馬のレベルが確実に上がっていることを示しています。ハーツクライは社台ファームの生産馬で、ディープインパクトはノーザンファームの生産馬です。民間牧場が、積極的にその私どもの売り上げを原資とするお金を競馬に投資しているということの証しでもあります。
――ディープインパクト産駒のアイルランド調教馬であるオーギュストロダンが競馬発祥の地、英国のダービーを制覇
正直びっくりしました。ただ、海外の競馬関係者は「全然アメージングじゃない」と。ディープの子供だと、私たちは最後の直線の切れをイメージしますよね。日本のような速い時計の出る馬場でこそという印象なので、時計のかかる英国の馬場でダービーを制したことに驚いたわけですが、彼らは「決してディープの子はそうじゃないよ」と言うんです。ひょっとしたら私たちの先入観が強すぎたのかなという思いはありますね。日本馬が凱旋門賞を勝てないのは、10月のフランス・ロンシャンの馬場に合う馬をつくっていないからだという意見もありますが、環境になじむか、なじまないかだけだと思うんです。
――オーギュストロダンは2024年も現役を続けることになった
来年はジャパンカップに来てほしいですね。ジャパンカップ以外にもJRAには国際競走がいっぱいありますよ。
――イクイノックスは天皇賞(秋)を1分55秒2という驚異的なタイムで制した
びっくりしました。アーモンドアイが2018年のジャパンカップで樹立した2分20秒6のレコードに並ぶ衝撃的なタイムでした。日本の馬場が高速馬場で走りやすいからだといわれますが、走りやすい馬場だったら下級条件だっていい時計が出るはずです。そうではないので、驚異的なレコードで走れるのはイクイノックス、アーモンドアイの能力が高いからなんです。
――天皇賞(秋)は天皇皇后両陛下も観戦された
お二人でお話をしながら、立って双眼鏡でレースをご覧になっていました。お楽しみになったご様子でした。
――イクイノックスはドバイシーマクラシックでの勝利が評価され、ロンジンワールドベストレースホースランキングで世界1位を(現時点では11月5日発表まで)維持している。イクイノックスの前にもディープインパクト、エピファネイアが途中で世界1位となり、ジャスタウェイが年間1位となった。ここ20年ほどの間に日本の競馬のレベルが上がった要因をどう捉えているのか
繰り返しで恐縮ですが、JRAの安定的な売り上げを原資とした民間牧場の再投資、これに尽きると思います。個別にはサンデーサイレンスが種牡馬として日本に来たことなどが挙げられますが、私どものレース体系が海外の頂点を目指すような体系になっているともいえます。
――JRAは芝が主体のレース体系だが、日本馬はここに来て世界のダートでも大活躍。今年、パンサラッサが1着賞金13億円のサウジカップを勝つと、ウシュバテソーロはドバイワールドカップを制覇。ダート競馬の頂点といえるブリーダーズカップでも2021年にマルシュロレーヌがディスタフを制し、今年はデルマソトガケがクラシックで2着
ひとつには調教師さんの特性もあると思います。特にマルシュロレーヌの矢作芳人さんは、世界と日本を分けて考えるのではなく、世界規模でレースを選択しています。そうした調教師が増えてきていると実感しています。もちろん、海外での活躍は日本馬のレベルがダートでも上がっていることを示していると思います。
――日本の騎手のレベルはどうか
相当上がっていると思います。めったに乗らないドバイやサウジアラビアの競馬場でも日本の騎手が勝っているのは、レベルの高さを示しています。
――吉田豊騎手はサウジカップを勝ち、川田将雅騎手はドバイワールドカップを制した
本当にレベルが上がっているなと思います。坂井瑠星ら若手騎手が積極的に海外に滞在して騎乗するのが増えたのもレベルの底上げにつながっています。とはいえ、一番の要因は外国人騎手の短期免許制度でしょう。世界のトップジョッキーが日本に来て、実際に彼らと競うわけですから、技術向上には相当役立つと思います。トップの成績でなければ来日できないシステムですからね。
――日本の競馬のレベルが上がれば上がるほど、日本が世界の競馬に果たす役割も大きく重くなるはずだが、世界における日本競馬の役割をどう考えているのか
後藤前理事長が「サラブレッドが走る競馬に国境はない」と、よくおっしゃっています。「サラブレッドは世界の共有資産」が根底にある考えです。私もその通りだと思っています。来年の8月にアジア競馬会議を札幌で開きます。札幌は馬産地に近いということもあるので、日本の生産、育成、競馬、競走生活が終われば生産に戻るという、そのサイクルを象徴する場所といえます。生産者と主催者がこれだけ密に話している国はおそらく他にないでしょう。札幌で、日本の競馬の良さや特性を、アジアを中心とした各国の関係者にお伝えできるんじゃないかと思っています。お客さまへのサービス面を聞きたいという声も届いています。
――吉田理事長の競馬や馬との関わりはいつからで、競馬に深く興味をもったきっかけは
私の父親が群馬県の農家の出身で農耕馬を飼っていました。馬が身近にいるところで暮らしていたところ、ハイセイコーなどが活躍していた頃に父親がテレビで競馬中継を見ていたことが競馬を意識した最初です。その後、大学在学中にアルバイト先の先輩から競馬を教えてもらいました。その人が競馬四季報(現役馬の競走成績、血統を網羅した本)をくれたんです。データの塊じゃないですか。こんなすごい記録があるんだなと、より競馬に興味を持つようになりました。
――印象に残っている馬は
ミスターシービーとシービークロスですね。ミスターシービーは私が競馬会に入った年の3冠馬なんです。その年はダービー50周年で、私の初任地が東京競馬場だったもんですから大変印象に残っています。シービークロスは1979年9月23日に2000メートルの毎日王冠でJRA史上初めて2分を切ったんです(1分59秒9)。レースを見てすごいなと思いました。それが今やイクイノックスが1分55秒2で走ってしまう。隔世の感があります。ミスターシービーとシービークロスは群馬県が本拠地の千明(ちぎら)牧場のオーナーブリーディングホース。私も群馬出身なので、この2頭は印象が深いです。メールアドレスに2頭の馬名を入れていたくらい愛着があります。
――JRAに入会しようと思った理由は
競馬を仕事にできるんだったら、こんなにありがたい話はない。それだけですね。
――入会後、ミスターシービー以外で思い出の馬を挙げるとしたら
第60回日本ダービー馬のウイニングチケットですね。あのダービーのラップ時計は私が取ったんです。1000メートル通過が1分ちょうどだったんですよ。柴田政人さんにとっては悲願のダービー制覇でしたし、忘れられないですね。
――理事長になる前と後では、目の前で行われている競馬の見方は変わったか
全く変わりません。今も昔もスポーツエンターテインメントという面で見てますので。
――2024年は国内のダート3冠競走(羽田盃、東京ダービー、ジャパンダートクラシック)が整備されて初年度を迎える
ダートグレード競走を始めて四半世紀ほどたったので、その間に生じた問題点を含めて地方競馬の関係者といろいろ協議を行ってきました。そのなかで、JRAと同じようにダートでも3冠を目指す、全日本的な競走体系の整備が必要という機運になりました。
――羽田盃と東京ダービーにJRAの所属馬が出られるようになったのは大きい
そうですね。地方競馬にダート3冠路線が整備されることで日本の競馬産業全体が広がりを見せ、より良くなればいいと期待しています。
――「夏にもGⅠがあれば」というファンの声もある。ファンが期待する札幌記念のGⅠ昇格は考えているのか
レースレーティングが115(ポンド)以上というGⅠ昇格の条件を満たしているGⅡは札幌記念、毎日王冠などがあります。しかし、条件を満たすレースはすべてGⅠの前哨戦という位置づけです。ステップレースをGⅠに昇格するというのは日本の競走体系の中ではなじまないと思ってます。英国では日本の競走体系を見習って、GⅠを減らそうという声も出てきていると聞いています。
――これから手掛けようと考えている将来のビジョンは
暑熱対策はずっとやっていかなくてはならない課題です。2024年は7、8月の2週間、北海道以外の開催場で競走時間帯を拡大します。1Rの発走時刻を早めて5競走を行い、熱中症のリスクが高い11時30分頃からレースを休止し、15時頃から再開して残りの7競走を実施します。準メインやメイン競走は従来通りの時間帯に行い、12Rの発走時刻は18時30分頃を予定しています。
競馬というのは産業であり、かつ文化だと私は常々言っています。文化として競馬を日本に根付かせるというのが長期ビジョンです。文化とは、生活に根付き、人々の生活を豊かにするものと定義されているようです。競馬がそのように、多くの人の生活を豊かにするものであってほしいと強く願っています。日本人は古来、神羅万象に神が宿るとして、さまざまな事物を擬人化する面があるようです。競馬もそうした日本人特有の感情というか文化と非常に相性がいいはずだと私は考えています。人に一人ずつ物語があるように、馬にも一頭一頭に物語があります。馬は語りませんが、馬に人の思いを乗せる、という意味です。そこに物語がある限り、そして多くの人たちが携わって馬が走っている限り、文化として競馬を日本に根付かせるという願いはきっとかなうと信じていますし、かなえることが私の使命だと思っています。
取材・構成:鈴木学(サンケイスポーツWEB編集長)
■吉田正義(よしだ・まさよし)1958(昭33)年11月17日生まれ、群馬県出身。高崎高校、早大第一文学部卒業後、1983年に日本中央競馬会に入会。総合企画部経営企画室長、中京競馬場長、競走部長などを歴任し2016年、理事に就任。2021年から常務理事、今年3月1日から副理事長を務めていた。