Japan SOLAR PANEL 002

Japan's green spaces outside of urban areas are covered with solar panels.

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菅義偉首相が昨秋、「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」と公約したのを受け、その第一歩として、政府は7月21日、第6次エネルギー基本計画の素案を示した。何事にも手堅い首相の政策とは思えない。非現実的で、電力の安定供給という国家基盤を切り崩そうとするかのような危うい案だ。

 

基本計画の柱は3点だ。

 

①30年度時点でわが国の全電源の36~38%を再生可能エネルギーで賄う。これは現行計画の目標値、22~24%の50%以上の増加である。②原子力は現行目標値の20~22%を維持するが、可能な限り減らし、原発の新増設も建て替えも考えない。③火力は現行目標値の56%を41%に落とす。

 

疑問の第1は実現不可能な目標値の設定である。第2は大規模な自然環境破壊につながる危険性だ。第3にわが国の産業を根こそぎ潰して製造業の空洞化を招くことだ。第4に国民の経済的負担が大きく、わが国は中・長期的に衰退していくことだ。

 

基本計画には自民党内に根強い反対論があるが、首相は小泉進次郎環境相ら身近な政治家の意見に傾いている。小泉氏らの知見が根本的矛盾をはらむものであるにもかかわらず、である。

 

小泉進次郎環境相

 

国家の基盤を支えるエネルギー政策で首相の判断基準はどこにあるのか。国益か。身近な政治家の言を検証することもなく信用することか。1億2千万人余の国民の暮らしと日本の未来に関わる重要問題だけに、厳しく問うものだ。

 

再エネを軸に国の電源を賄うのは、遠い未来はともかく、近未来では困難だ。太陽光発電は主に午前10時から午後4時まで、一日のうちの25%しか機能しない。天候の問題もあり、太陽光の設備稼働率は13%しかない。

 

また、太陽光発電にはそれと同規模の補充電源が必要だ。太陽光の設備が稼働しない87%の空白帯で電力を供給しなければならないからだ。日本以外の国々はここに原子力や火力を当てている。小泉氏はこの2つを共に否定するが、ではいかにして電力を安定供給するのかという最重要の問いには答えていない。まさに無責任である。その小泉氏の政策を追認する首相はもっと無責任ではないか。

 

大崎クールジェン

 

確かに、基本計画は原発で約2割を賄うとしている。しかし平成31年度実績で原子力は全体の6%を発電したにすぎない。首相も小泉氏も、20~22%という目標値に達しない現状を知っていながら、原発を機能させて目標達成に導く政策は採っていない。

 

両氏の姿勢は環境省が打ち出した再エネ拡大方針に反映されている。原発20基分、2千万キロワット(20ギガワット、GW)相当の太陽光発電施設を新規開発して設置するという方針である。

 

わが国はすでに世界一の密度で太陽光パネルを設置している。国際統計の専門サイトによれば、現在、世界最大規模の太陽光発電国は中国で205ギガワット(GW)。以下米国が62・3GW、日本は61・8GW、ドイツは49GWだ。1平方キロ当たりの太陽光発電システム導入量に換算すると、日本は中国の8倍、米国の23倍で世界一だ。

 

太陽光発電をしたからといって脱炭素化を実現しているわけではない。1キロワット/hの電気を生み出すのに、中国は720グラムの二酸化炭素(CO2)を排出している。米国は440グラム、日本は540グラム、ドイツは472グラムだ。理由は補充電源の一部に火力発電を活用しているからである。

 

環境省の方針通り、新たに20GWの太陽光発電を積み上げるとして、コストは膨大になる。わが国は約62GWの太陽光発電に90兆円を費やす。これは20年間の固定価格と全量買い取りの未来の徴収額も含んだ金額だが、将来にわたり私たちがこれだけの負担を担うことは知っておきたい。

 

約62GWで90兆円なら20GWではざっと30兆円だ。それで太陽光の総発電量は8・6%から11%に、少し増える計算だ。2030(令和12)年度の温室効果ガス排出量の13年度比46%減には焼け石に水ではないか。

 

習近平・中国国家主席

 

首相は今後の成長戦略の柱のひとつにグリーン革命、再エネを据えるが、基本計画を見る限り、太陽光は非常に高い電力料金につながり経済合理性はない。世界最高水準の電気料金はさらに高くなるのだ。

 

気候変動問題は環境問題を超えた国家の命運を左右する産業競争力の戦いである。安全保障に関わる壮大な戦いなのである。

 

わが国は平成9(1997)年の京都議定書、2015年のパリ協定で米国に追随したが、米国は2度とも議会の了承が得られず離脱した。今回も共和党の反対が強く、日本は間違いなくはしごを外される。

 

それでも首相が内外に公約したからには、50年の温室効果ガス排出ゼロという高い目標に向かって叡智(えいち)を結集しなければならない。目標達成の過程で最重視すべきは日本の国益、すなわち日本の優れた技術の全面的活用である。

 

たとえば日本はCO2排出を17%も削減できる素晴らしい火力発電技術を開発した。原発を持つ余裕のない発展途上国にその技術を輸出すれば彼らのCO2排出を大幅に削減し、世界に貢献できる。しかし、政府は早々にこの技術の輸出を止めてしまった。

 

日本や欧米諸国が一斉に手を引くと、その分野は中国が総取りする。さらに、中国はこれからも国内で石炭火力を大量に使う構えだ。安い電気と強制労働の安い人件費で部品を作り世界シェアを伸ばし、笑っているのが彼らである。

 

美浜原子力発電所

 

太陽光パネルや製鉄、電気自動車など主要産業の中国の世界シェアは拡大するばかりだが、それらはかつて日本が世界一のシェアを誇っていた。過去10年間の日本の産業の衰退は顕著だ。1人当たりの国内総生産(GDP)は世界30位、韓国と同レベルに落ちた。

 

こんなことでよいはずがない。成長戦略というならば、CO2排出削減のわが国の努力を前向きの力にしなければならない。再エネと原発の賢い組み合わせに踏み切るのだ。東京電力福島第1原発事故で日本国民は原発への強い拒否感を抱いた。しかしこの10年で安全性は飛躍的に高まった。 より安全になった原発の優れた技術継承のためにも、原発の新増設と建て替えを基本計画に盛り込むのがよい。それなくして日本の衰退は避けられない。

 

首相と小泉氏らの戦略なきエネルギー政策で日本の衰退を招くことは許されないのである。

 

筆者:櫻井よしこ

 

 

2021年8月2日付産経新聞【美しき勁き国へ】を転載しています

 

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