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Steam rises from the heating plant behind a monument to Soviet cosmonaut Yury Gagarin in Moscow, Russia, Monday, Feb. 15, 2021. Temperatures dipped to -16 C (3.2 F) during a day and -22 C (-7.6 F) at night. (AP Photo/Pavel Golovkin)

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Soviet cosmonaut Major Yuri Gagarin, first man to orbit the earth, is shown in his space suit. (AP Photo/File)

 

「米ソは宇宙で結束を」

 

この4月は、30年前に崩壊したソ連共産主義体制の「絶頂」と「奈落」の両極端の出来事に思いを致すひとつの機会となった。1961年4月12日、27歳の空軍パイロット、ガガーリンが宇宙船「ボストーク1号」で人類史上初の有人宇宙飛行に成功した。その四半世紀後の86年4月26日、ウクライナ北部のチェルノブイリ原発で4号炉が大爆発する史上最悪の原発事故が起きた。文字通り天国と地獄。今年はその「ガガーリン」から60年、「チェルノブイリ」から35年の節目に当たる。

 

ガガーリンの大気圏外飛行はわずか108分だったが、歴史的快挙にソ連も世界も沸騰した。地上に帰還後、「地球は青かった」(正確には『空はとてもとても暗く、地球は青みがかっていた』)とのガガーリンの名言は世界を駆け巡った。米国を出し抜いて有頂天の指導者、フルシチョフ首相は「共産体制とロケット技術の優位誇示」のため、ガガーリンを世界各国に派遣した。62年5月には来日して東京、大阪、京都、札幌などで大歓迎を受けた。

 

初飛行から1年後、ガガーリンは自らの演説で「2つの超大国は、負担が大きく、意味もない軍拡競争に終止符を打ち、宇宙開発の新たな科学の進歩に結束を」と訴え、「偉大なる祖国よ、共産党よ、永遠なれ。そして平和であれ」と結んだ。

 

This April 26, 1986 photo shows an aerial view of the Ukrainian Chernobyl nuclear plant, site of the world’s worst nuclear accident . (AP Photo/ Volodymyr Repik)

 

ソ連崩壊への駄目押し

 

56年2月の「(独裁者)スターリン批判」の後、米・西側との「平和共存」を打ち出したフルシチョフの路線を象徴するような内容だった。しかし、ガガーリンの願いは空(むな)しかった。肝心のフルシチョフが64年10月、突然、失脚した。ケネディ米政権と核戦争の瀬戸際までいった「キューバ危機」の不手際を強硬派から追及されたことなどが理由とされた。ガガーリン自身、ブレジネフ政権4年目の68年3月27日、戦闘機の訓練飛行中に原因不明の墜落事故のため34歳の若さで死去してしまう。

 

そして、「永遠なれ」と念じた祖国・ソ連は91年12月、初飛行からわずか30年で消滅する。そのソ連崩壊への最後の駄目を押したのが、チェルノブイリ原発の大惨事である。

 

ブレジネフ時代以降、ソ連をめぐる歴史の歯車はガガーリンの理想とは逆に回転していく。79年暮れ、ソ連軍はアフガニスタン侵攻の暴挙に出た。ソ連を「悪の帝国」と呼んだレーガン米政権は83年3月、戦略防衛構想(SDI)、いわゆる「スター・ウォーズ計画」をぶち上げた。宇宙への止めどなき軍拡競争を迫られたクレムリンは、アフガンでの膨大な戦費と相俟(あいま)って財政破綻と国家破滅の危機に直面していた。

 

Russian President Vladimir Putin, April 12, 2021. Sputnik/Alexei Druzhinin/Kremlin via REUTERS

 

「ガガーリン」60年後の憂鬱

 

そこを直撃したチェルノブイリの大爆発で放出された大量の放射能は全欧州に拡散し、日本にまで達した。しかし、クレムリンは真実を長期間隠蔽(いんぺい)し、人命軽視の被害が拡大した。前代未聞の「人災」に国内外のソ連共産体制への信頼は失墜し、ゴルバチョフ政権はグラスノスチ(情報公開)の本格化に踏み切らざるを得なかった。宇宙開発で先勝したソ連は結局、宇宙軍拡と科学技術競争で敗れた。

 

国家崩壊に向かう「どさくさの言論の自由」の中からは、ガガーリンの飛行後、もみ消されていた秘話も飛び出した。

 

(1)「大気圏突入のさい、窓越しに火の手が上がるのを見たガガーリンは『宇宙船が燃えている。同志よ、さようなら』と地上に最後の連絡をしていた」

 

(2)「着陸でガガーリンはカプセルから緊急脱出してパラシュートで降下したが、気密宇宙服に空気を流し込む弁がすぐには作動せず、最後の最後に危うく命を落とすところだった」

 

プーチン大統領にとってガガーリンは死後半世紀を経てなお国民の愛国心を掻(か)き立てられる数少ない「英雄」だ。4月12日の初飛行60周年では「核と宇宙の大国としての地位を維持しなければならない」と強調した。

 

ロシアは現在、中国の尻馬に乗る形で米軍事衛星を破壊できる衛星攻撃兵器の開発などを進め、3月には中露共同で表向きは「宇宙平和利用」を目指す「国際月科学研究基地」の建設で合意した。これに対抗するように、米国は2年前、宇宙統合軍を再編成、航空自衛隊も昨年、宇宙作戦隊を発足させた。

 

米国対中露の対立が鮮明化する中で新たな「スター・ウォーズ」に懸念が及ぶ宇宙模様だ。泉下のガガーリンはさぞかし憂鬱な「60周年」を迎えたことだろう。

 

筆者:斎藤勉(産経新聞論説顧問)

 

 

2021年4月25日付産経新聞【日曜に書く】を転載しています

 

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