日本海の国際呼称をめぐり、韓国が「東海」への改称や併記を主張している問題で、韓国政府が1977年に刊行した海図が東海の呼称を日本海だけでなく東シナ海にも使用していたことが、島根大の舩杉力修(ふなすぎ・りきのぶ)准教授(歴史地理学)の調査で分かった。舩杉准教授によると、この海図は、東シナ海を東海と記した60(昭和35)年発行の海上保安庁の海図に酷似。韓国側が海保作製の海図を複製し、その際に日本海の表記を東海に修正したため、2つの海域に同じ東海が表記されるという奇妙な海図ができたとみられるという。韓国の主張に一貫性がないことを示す証拠になりそうだ。
海上保安庁の海図に酷似
海保は海図の精度を高めるため各国と海図を交換しているが、舩杉准教授は今回、こうして保管されている100枚以上の海図を調べて判明した。
問題の海図は、77年刊行の「東海及黄海」第4版。日本海を「東海」、東シナ海を「東支那(ひがししな)海(東海)」と書き、同じ海図なのに東海の呼称を別々の海域に記していた。
2つの海域に同じ呼称を用いると航海者に混乱が生じるため避けられるべきことだ。韓国政府はなぜ2つの海域を東海として記載したのか。カギを握るのは海上保安庁が60年に発行した海図「日本海及黄海」第4版だ。
韓国の海図とこの海図を詳細に比較すると、韓国の海図は日本海の海域を東海としているほかにも、竹島(島根県隠岐の島町)が「独島」と韓国側の主張に沿った記載に修正されていた。だが、海図全体の彩色や水深、地名、字体などは海保のものに似通っていた。
具体的な参考示さず
舩杉准教授によると、東海は19世紀後半から20世紀中期まで国際的な名称として東シナ海に使用されていたという。そのため、世界の海洋名称の指針を定める国際水路機関(IHO)が編纂(へんさん)している図誌「大洋と海の境界」の現行版(53年)も東シナ海を中国語読みで東海と記載している。
海保の海図も東シナ海の海域を「東支那海(東海)」と記しており、韓国側は問題の海図を作製する際、海保の海図を複製しながら日本海の表記を東海に書き換えたため、1つの海図の2つの海域に東海が登場することになったとみられている。
そもそも海図は、自国で測量が難しい水深などの記載は他国のものを参考にすることがよくあるという。海保の「日本海及黄海」も英国や中国などの海図を参考にしたことが記載されている。
だが、韓国製の問題の海図は「諸資料に依拠編纂」とのみ記載し、出典を明確にしていない。海図は改訂を重ねても参考資料などが書き換えられることはないといい、「東支那海(東海)」の表記は初版から用いられていた可能性が高いという。
日本海を国際呼称と認識か
日本海の呼称はイタリア人宣教師、マテオ・リッチ(1552~1610年)の世界地図『坤輿(こんよ)万国全図』(1602年)に最初に登場。19世紀初頭には世界的に定着したとされる。
これに対し、韓国が国連の会議で日本海の呼称に初めて異論を唱えたのは1992年。「2千年前から『東海』が使われている」「植民地支配で日本海の呼称の使用を押し付けられた」などと主張している。
今回の海図で韓国側は日本海の海域を東海と表記しているが、括弧書きで「SEA OF JAPAN」と記載していた。海保の海図には「JAPAN SEA」とあり、これを書き換えたものとみられるが、少なくとも刊行された77年当時、韓国製が日本海を国際的な呼称であると認識していたためと考えられる。
東シナ海に用いられていた東海の呼称はその後、国際的にはほとんど使われなくなったが、中国では今も東シナ海に使用している。
舩杉准教授は「韓国は『2千年前から東海が使われている』と主張しながら60、70年代に別の海域に使っていた。海図はその主張に一貫性がないことを示している」と指摘。「韓国が主張する『東海』は朝鮮半島だけで使用されていた地域的な名称。日本海の国際的な呼称を東海にする理由はまったくない」と話している。