「率直に言って政府の力だけでこの戦いに勝利を収めることはできない」「国民の皆さんの協力が必要です」
2月29日、安倍晋三首相は肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの感染拡大の回避に今後1~2週間が山場と見て国民に訴えた。政府対応を不完全だと批判するより、いまは日本国民全体、中央政府も地方自治体も一致協力してウイルスに打ち勝つときだ。
そのためにも、中国湖北省武漢市で発生した「武漢ウイルス」の問題が明らかにした中国共産党の特質を認識することが欠かせない。特質の第一は中国政府の情報は基本的に虚偽だという点だ。
中国が「武漢ウイルス」を制圧しつつあるという情報が流布される一方で韓国や欧州諸国では感染者が爆発的に増え、米国疾病対策センター(CDC)は2月25日、世界的大流行に陥る危険性を警告した。そうした中、大半の国民が医療の恩恵にあずかれない中国が、如何(いか)にして「武漢ウイルス」を克服できたのか、摩訶(まか)不思議だ。
湖北省を除く中国全土で2月17日以降、新規感染者は美しい減少カーブを描いている。湖北省の次にウイルスの感染者の多いのが広東省だそうだが、同省の深セン市や上海市では、18日、新規感染者がゼロになったそうだ。
感染拡大が抑えられたとされる深センや広州を抱える人口約1・1億人の広東省には2月中旬以降、中国政府の手配する無料の列車などで農民工が生産現場に戻されている。ヒトヒト感染で感染爆発が起きるはずだが、前述のように新規感染はゼロなどの情報が宣伝されるばかりだ。
感染拡大の危険を冒しても強制的に労働者を大都市に戻す理由は、生産再開に踏み切らなければ、中小企業の倒産が始まり数億人が失業するからだ。中国国家統計局によると、2月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が市場予想を大きく下回る35・7だったと発表した。リーマンショックより深刻な状況だ。
経済減速で政権は倒れる。政権維持には何が何でも経済の活性化だ。この大命題の前でウイルス蔓延(まんえん)も正当化するのが習近平政権であろう。中国共産党の価値観を知悉(ちしつ)する産経新聞の矢板明夫外信部次長は習氏の決断を究極の棄民政策だと喝破した。
職場復帰した500万人から1000万人の農民工は「武漢ウイルス」感染の危険の中で集団で働く。ウイルスの致死率は最大限2%とみられており、仮に全員が感染すれば死亡者は10万人から20万人に上る。だが、中国政府はウイルス検査など金輪際しない。犠牲者が出ても「武漢ウイルス」には結びつかない。外国メディアも取材できないため、農民工の犠牲は隠蔽できるし、そうするのが中国共産党の特質だ。矢板氏の指摘は恐らく間違いないだろう。
中国は、黒を白と言いくるめる手法でウイルス制圧に成功したと主張するのみならず、今や、日本の方が問題だというイメージ作りも始めている。山東省威海市は2月25日、日本と韓国からの入国者全員を14日間隔離する措置を打ち出した。28日に来日した楊潔●(よう・けつち、●=簾の广を厂に、兼を虎に)共産党政治局員は「ウイルスとの戦いで、引き続き中国政府は日本政府を支持・支援する」と語り、在京中国大使館のホームページでは、中国が日本にマスクなどを支援中との情報が紹介されている。「中国を助ける日本」が「中国に助けられる日本」に暗転しているではないか。
闇の中から生まれてくるような中国の宣伝工作とは対照的に、日本側の対応は甘い。湖北省と浙江省を除く中国からの旅行者の入国を許しているのがその一例だ。外務省は現在中国人は事実上来日していない、中国全土に入国制限をかける必要はないと説明するが、事実ではない。
2月27日の衆院予算委員会で、法務省は中国本土からの入国者は直近の1週間では1日当たり1千人を下回ったと報告した。減ったとはいえ、日々約1千人が日本を訪れているということだ。中国側は日本人入国者に感染チェックをし拘束期間を設けているが、日本側は中国人入国者を緩い基準で入れている。これは医療衛生上、不合理極まる。
安倍晋三首相は「武漢ウイルス」克服のために国民全員に協力を求めたが、国民の共感と納得を得るためにも、中国全土からの入国禁止を今からでもよい、打ち出すべきだ。また中国が、日本の方こそ「武漢ウイルス」の発生源だというかのような印象を創り出しつつある点について、日本側の情報を発信して明確に否定せよ。隣国との友好を大切にすることと、嘘と捏造(ねつぞう)を許すことは異なる。
「武漢ウイルス」は日中2国間関係を超えて、中国という国の宿命を抉(えぐ)り出している。14世紀に成立した明王朝も、その跡を襲い史上最大の版図を獲得した清王朝も、天然痘やペストの大流行をきっかけに崩壊した。これから必ず起きるであろう権力闘争を習氏が無事に乗り切れるという保証はあるだろうか。
習氏は米国とも戦わなければならない。米国には米国の問題があるが、その力は絶大だ。杏林大名誉教授の田久保忠衛氏は、人口とエネルギーの2点において米国の力の傑出振りを強調する。すでに中国経済はどん底近くにある。さらに少子高齢化に悩み、エネルギーの自給に程遠い中国とは対照的に、米国は恵まれた基礎体力を有している。
隣国で、最大の貿易相手国としての中国の重要性は軽視できず、その力も侮れないが、それでも日本は米国の側にしか立ち得ない。安倍政権は中国に日米離反の隙を与えず、基本的価値観を共有する米国とともに、中国的価値観を退けていく立場を明らかにするのがよい。
そのような道を決然と歩む国になるために、首相は何としてでも憲法改正を成し遂げるときだ。
筆者:櫻井よし子
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2020年3月2日付産経新聞【美しき勁き国へ】を転載しています
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