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ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻で核戦力の準備を言明した。国際紛争での核兵器の現実の威力ということか。
日本の国家安全保障でも核の脅威は現実である。中国当局は台湾有事での日本への核攻撃動画の頒布を許した。北朝鮮は「日本を核で海底に沈める」と公言する。日本側で自国の核抑止論議が始まるのも自然だろう。
日本は核の面では米国の拡大核抑止に依存している。だが日本が独自の核抑止力を求めた場合はどうか。日本の核武装に米国はどう対応するのか。
この点ですでに1980年代に米軍の専門家が日本の核武装について精緻な論文を発表したことを認識するのも意味があろう。内容は日本では知られておらず、いまの日本の核論議への指針となる。
論文は米空軍のジョン・エンディコット大佐が書いた「日本の核オプション(選択肢)」。同大佐は在日米空軍勤務後、国防総省の国際関係の要職を経て、当時は国防大学副学長だった。
同論文は米国の日本への「核の傘」がなくなった場合を想定していた。そしてソ連が当時の中曽根康弘首相の不沈空母発言に対して「日本は報復的核攻撃の標的となるだけだ」などと核の脅しをかけた場合、日本は全面降伏する以外には独自の核抑止力を持つしかないだろう、とも想定していた。
そのうえで日本にとってソ連の核攻撃や脅迫を抑止できる方策について以下のように述べていた。
▽ソ連が日本を核攻撃し、日本からの核の報復で枢要部の人口の25%ほどが破壊される見通しが確実となれば、実際の核攻撃はできなくなる。
▽日本がソ連にそれだけの損害を与える核戦力の保持として、(1)大陸間弾道ミサイル(2)戦略爆撃機(3)戦略ミサイル搭載潜水艦-の3方法があるが、実効を持つのは潜水艦となる。
1980年といえば、ソ連のアフガニスタン侵攻で米ソ対立が危険の極にあった。日本へのソ連の脅威も現実だった。この論文はソ連が日本への先制核攻撃をかけることも想定していた。日本の核抑止力とはその攻撃に耐え、ソ連に許容できない破壊をもたらす核報復能力を指していた。
同論文の最重要な骨子は以下だった。
▽日本は米海軍のポラリス型に似た核ミサイル搭載原子力潜水艦10隻を保有する。1隻に射程4600キロ以上の核弾頭ミサイル各16発を装備して、そのうち4隻から6隻を常時、アラビア海周辺に配備する。
▽アラビア海に展開した日本潜水艦はソ連のモスクワなど25の主要都市に核ミサイル最大96発を発射できる。ソ連側の迎撃ミサイルの機能を考慮しても、その結果、ソ連側に許容できない被害を与えうる。
だからこの論文はソ連の核戦力を抑止できる、日本独自の核武装は可能だと総括していた。ただしエンディコット大佐自身はその時点での日本核武装には反対だと付記していた。
しかし40年後のいまこの想定を中国や北朝鮮への核抑止に適用すると、十分に実効性はあるようだ。同盟国の米国はこんなに早くから日本の核武装について、ここまで研究していたということでもある。
筆者:古森義久(ワシントン駐在客員特派員)
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2022年3月1日付産経新聞【緯度経度】を転載しています