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9月21日、韓国の市民団体である庶民民生対策委員会は、慶熙大学哲学科の崔晶植(チェ·ジョンシク)教授を刑事告発した。
同団体は告発状で、崔氏が2022年と2023年の半ばに行った大学講義での慰安婦関連発言に異議を唱えた。崔氏は講義中、元慰安婦が貧困から売春を自発的に選んだと主張し、元慰安婦証言の矛盾点などを指摘した。原告側は、崔氏の発言が韓国の通説に反するもので、元慰安婦らに関する虚偽情報を流布したとし、名誉毀損に該当すると主張した。
崔氏へのバッシングは、他の団体からも同様に行われた。 慶煕大学哲学科の同窓会は、9月月10日、崔氏の解任を求める声明文を公開した。同月、韓国の市民団体「正義記憶連帯」は、崔氏に公式謝罪を要求すると共に大学側に予防措置を求めた。
一連の学問の自由に対する弾圧は、韓国では決して独立した事件ではない。2014年、世宗大学の朴裕河教授が「帝国の慰安婦」を出版したとし、ナヌムの家と元慰安婦ら数名から告訴された。朴氏は2017年、控訴審で有罪判決を受け、以降大法院で(日本の最高裁に相当)の上告が保留されたままだ。延世大学社会学科の柳錫春教授は、講義中、朝鮮人慰安婦の強制連行などを否定したとし、2019年に起訴された。
また、韓国の大法院は今年の初め、政治学者である池萬元氏に対する懲役2年の有罪判決を確定した。光州事件の当時、北朝鮮特殊部隊の介入説などを主張したことが有罪の原因となった。
崔氏はJAPAN Forwardとの独占インタビューで、活発な討論どころか、解雇や起訴などの脅しで反対の声を弾圧する活動家らの性向を批判した。個人の自由を支持する学者として、彼は帝国主義であれ検閲であれ、あらゆる政治的支配に反対すると語った。
崔氏との主なやり取りは以下の通り。
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――慰安婦関連の発言で市民団体から刑事告発された。今の心境は
完全に唖然としている。 私の一連のコメントは数ヶ月も前に出たもので、正確な内容すら覚えていない。普通このような告発は、特定事件の直後、または間もなく行われのが一般的だ。なぜこの市民団体が今になって告訴を決めたのか、私の常識からは理解できない。
私の懸念は、攻撃のレベルが少しずつ高まっていることだ。当初、哲学科の同窓会は、私が2022年4月から6月にかけて行なった講義内容を糺弾する声明文を公表した。それ以降は特別な動きがなかった。しかし、2022年12月と2023年1月、同窓会は再び私の慰安婦関連発言を非難し、懲戒処分を求める声明を発表した。
攻撃の性質が徐々に政治的な内容に切り替わったため、私は生徒たちに一連の事件に関して説明する義務があった。そこで2023年の1学期(6月頃)、私は授業の一部を利用して事件について説明し、批判者に対しての反論を行った。しかし、驚くことに、数カ月後の2023年9月10日、同窓会はまたも声明を発表したのだ。そして今回は大学側に私の解雇を要求してきた。
この声明文を基点に、他の団体からの批判も続き、挙げ句の果てに告発までされたのだ。 私は2023年9月26日、大学の大字報に公式声明文を投稿した。
――授業中の発言はどういう内容だったのか
現在問題視されている発言は、2022年と2023年の「西洋哲学入門」の講義で発されたものだ。前者はZoomを通じて行われ、後者は対面授業だった。
私は生徒たちに西洋哲学の起源を教え、ペロポネソス戦争(紀元前431年-404年)について紹介した。初期の民主主義を実践していたギリシャの都市国家アテネは、この戦争により、完全に破壊された。ソクラテスは、アテネの破壊と腐敗の主な原因がソフィズムの拡散あると信じていた。当時アテネは、真実と偽りの区別が無意味になった社会となっていた。
より身近で現代的な例を示すため、私は、我々の歴史における検証されていない誤解や誤りをいくつか紹介した。例えば、朝鮮が日本に主権を完全に放棄した責任を、李完用だけに負わせるのは大間違いだと主張した。李氏はあくまで高宗の後援の下に活動していたわけで、どちらかというと、高宗こそ我が国を外国勢力に「売り渡した」罪を負わなければならない。
同じく、私は朝鮮人女性のほとんどが主に貧困のために自発的に慰安婦になったと主張した。両親に売られたり(当時は必ずしも逸脱した行為ではない)、ブローカーに騙されたりした例が多く、日本軍により銃剣を突きつけられ、強制連行されたなど、我々が信じている通念は事実ではないと主張した。また、私は元慰安婦証言の矛盾点を指摘し、このような矛盾こそ真偽の見極めをより困難にさせると語った。
ここで一つ注意してもらいたいことがある。講義の本当の目的は、何が歴史的に正しいかを見分けるものではなかった。それは専門家たちに委託するべきことである。私は、ソクラテスの教訓を踏まえ、学者や未来の哲学者が反省すべきものとして韓国の例を挙げたのだ。
――講義内容はどのようにメディアにリークされたのか
これについては正確な答えを持っていない。柳錫春教授の場合、ある生徒が密かに講義を録音し、そのテープを主流メディアに提出したと聞いている。一つ仮説はあるが、現時点でそれを共有する考えはない。
次のように表現しておこう。私の講義は、Zoomや私立大学で行われた非公開の授業だった。誰かが私の講義をなんらかの方法で録音し、メディアに公開しない限り、まともな説明はできない。
――YTN(韓国のニュースチャンネル)はあなたが一連の発言を撤回したと報じた。 報道内容は事実なのか
YTNが2022年7月、私が講義で行なった発言を撤回したと報じたのは事実だ。しかし、これは全体像の一部にすぎない。先に言ったように、講義がいつ、どのようにメディアにリークされたのか全く分からなかった。完全に不意を打たれたのだ。
YTNの記者から事前に連絡があり、一連の事件と講義内容の一部を報道する予定だと言われた。当時、私は政治的闘争に巻き込まれることには全く興味がなかった。また、記者の意図と、このような取材のネガティヴな影響についても多少は認知していた。私はこの問題を公論化させないために発言を撤回したのだ。しかし、YTNはそれを無視し報道を行った。
はっきり言うが、私は過去の授業でのコメントを取り消す考えはない。
――大学からの反応は
先月(9月)、慶熙大学の監査チームからいくつかの質問に対する書面答弁を要求され、 それに応じた。
哲学科の同窓会は、とりわけ大学側に私の解雇またはそれに見合った処罰を要求しいると聞いている。しかも彼らは、要求が満たされない場合、訴訟を起こすなどと大学側にプレッシャーをかけている。大学からはまだ懲戒処分に関する連絡はない。もしあったとしたら、それはそれで驚くべきニュースだ。
――今後の計画は
私の事件はすでに公論化されたので、正面から向き合うつもりだ。大学教授として、私は隠すことも恥じることもない。私の事件を調査してる大学の監査チームと警察当局が、自由民主主義の価値をこれ以上損なわない、正しい決断を下すと確信している。
筆者:吉田賢司(ジャーナリスト)