Hong Kong

Riot police officers walk as anti-national security law protesters march during the anniversary of Hong Kong's handover to China from Britain, in Hong Kong, China July 1, 2020. (©REUTERS/Tyrone Siu)

2020年9月1日、香港の警察署に出頭した後、メディアの質問に答える周庭氏(藤本欣也撮影)

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「人の血饅頭(まんじゅう)を食べる」という中国の言葉がある。

 

人間の血を塗った饅頭を食べると肺病に効く-という昔の迷信から生まれたとされる。転じて、他人の犠牲から利益を得ることなどを指す。香港では、数えきれない若者たちが逮捕された反政府デモをうまく利用し、私腹を肥やす行為などに対して使われている。

 

今回、受賞の知らせを聞いて頭をよぎったのは、物騒なこの言葉だった。

 

最近の主要な国際ニュースは香港ではなく、ミャンマーだ。国軍のクーデターに対する抗議デモが続いている。治安部隊が発砲し、白いシャツを血で染めた若者が運ばれていく映像が世界を駆けめぐった。

 

ミャンマーのデモを引っ張っているのは、2011年の民政移管後に広がり始めた自由の空気を吸って育った若者たちだ。既に存在する自由や権利を軍政に再び剥奪されてなるものかと体を張って抵抗している。

 

この点、反政府・反中デモを主導した香港の若者たちと似ている。1997年、英国から中国に返還された前後に生まれた世代、つまり一国二制度の下、中国本土では認められていない言論、集会の自由を香港で謳歌(おうか)しながら育った世代がデモの担い手となった。

 

2020年8月11日、保釈後に香港の警察署前で会見する周庭氏(左)と付きそう黄之鋒氏(藤本欣也撮影)

 

著名な民主活動家、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏(24)や周庭(アグネス・チョウ)氏(24)もこの世代に属する。

 

それ以前の植民地時代に生まれ育った世代との決定的な違いは、香港を人生における仮のすみかではなく、守るべき“故国”のように感じていることだ。

 

私は2019~20年、出張を繰り返しながら香港で取材に当たった。

 

19年6月16日のことは、はっきりと覚えている。香港史上最大となった200万人(主催者発表)デモを目の当たりにして、私は香港の悲劇を直感した。

 

それまで約3年間、習近平体制下の中国・北京に駐在し、新疆(しんきょう)ウイグル自治区などを取材してきた私は「習指導部が黙っていないだろう」と確信したのだ。

 

2日後、かつて「香港の良心」と呼ばれた女性にインタビューをする機会があった。返還後しばらく、香港政府ナンバー2の政務官を務めた陳方安生(アンソン・チャン)氏(81)だ。私も同時期、支局長として香港に赴任していた。

 

当時から中国当局への歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで知られた彼女に、デモの感想を率直に伝えた。すると、彼女はこう言ったのだ。

 

「私にはデモの背後に希望が見えました」と。「熱い思いにあふれた若者たちを見て、香港の将来に心配はないと感じたのです」

 

その後、平和的なデモは姿を消し、街は催涙ガスに包まれ、通りには血が流れた。そして200万人デモから1年余りたったころ、“目に見えない戦車”がついに香港に進駐した。

 

令和2年7月1日の産経新聞1面「香港は死んだ 「香港国家安全維持法」が成立」

 

20年6月30日、香港国家安全維持法(国安法)の施行である。私は迷わず「香港は死んだ」と記事に書いた。一夜にして、既存の自由が剥奪されたのだ。

 

それからの香港で何が起きたのか。

 

民主活動家の大量逮捕、民主派議員の資格剥奪、言論・集会の自由の大幅規制、愛国教育の推進…。

 

私がインタビューをした民主活動家のほぼ全員が逮捕された。黄氏、周氏は今も獄につながれている。

 

一方で、国安法が施行されたその日、恋人にプロポーズをした民主活動家を、私は知っている。暗黒時代の香港を2人は一緒に歩いていくことを決めた。彼は街頭に立ち続けている。

 

「今は生きて、生きて、生き抜くこと」。肉体労働に汗を流しながら、口を閉ざし、嵐が過ぎるのを待ち続ける独立運動家もいる。

 

香港の街は静かになった。まるで歴史が止まったかのようだ。といっても香港で何も起きていないわけではない。歴史の歯車が再び前へ動き出す日が来る。

 

200万人デモの先にあるのは悲劇か、希望か-。まだ、答えは出ていない。

 

「香港はよみがえった」。いつかそう書いたときに初めて、今回の受賞を喜べるのだろう。私は血饅頭を断じて食べない。

 

筆者:藤本欣也(産経新聞副編集長)

 

 

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