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美術の世界で「超絶技巧」と呼ばれる作品群がある。幕末から明治期にかけて、高い技術をもった職人たちによって作られた「明治工芸」のことだ。1800年代後半に万博で紹介されるとその精密さや精巧さで世界を驚かせた。そして、今、国内でも再評価が進む。見れば見るほど、どうやって作ったんだろう、何を使って作ったんだろうといった興味もわきおこる。そんな細密美の世界をたずねた。
驚愕の珍果は実は…
京都・清水寺の参道に小さな美術館がある。2000年に開館した清水三年坂美術館である。
数年前、初めてこの美術館を訪れたときのこと。ガラスケースのなかの果物に目を奪われた。もぎたてのパイナップルと皮をむいたバナナが並んでいる。まるで本物のように見えたその果物は、実は安藤緑山(あんどうりょくざん、1885~1959年)という牙彫作家が象牙で作った「南国珍果」という作品だったのである。
牙彫は動物の牙を彫り込んで作る細工物で、江戸時代の根付けなどが代表的なもの。先日訪問したときには「喜座柿」という真っ赤に熟した柿と、3つのなすびをかたどった「三茄子」というやはり象牙の作品が展示されていた。こまかに見ると柿の実となすの葉に虫食いの跡が…。そこにリアリティーを徹底的に追求する緑山の強いこだわりが感じられる。
東京・浅草の大谷光利に牙彫を学んだ緑山は作品を巧みに着色し、本物と見まがうほどの果菜や植物を作ったとされる。その腕前は明治天皇も高く評価するほどであったという。
豊富な種類
緑山作品だけではない。
この美術館には、ほかにも数々の驚くべき品々が並んでいる。
たとえば、金属のパーツを組み合わせて作り、本物通りに体節や関節を動かすことのできる「自在置物」のひとつ、宗一(むねかず、生没年不詳)の「蛇」のリアルさ。
あるいは、七宝の並河靖之(なみかわやすゆき、1845~1927年)がわずか7センチの高さの瓶にいくつもの蝶を描いた「蝶に花唐草文香水瓶」の丹念な技術。
ほかにも、香炉の小さなつまみ部分を斧(おの)を振り上げたカマキリの小さな細工物で表現してみせる「群鶏図香炉(蟷螂=とうろう=摘)」を作った金工の正阿弥勝義(しょうあみかつよし、1832~1908年)は、その鋭い観察眼で小さな生き物たちの命をドラマチックに表現する。
こうしてながめると、ここはとんでもない「すご腕」をもった職人たちの競演の場のようにさえ感じられるのである。
今世紀に入って再び注目
こうした幕末から明治にかけての職人たちのこまやかな技術作品が高く評価されるようになったのは、実は今世紀に入ってからだ。
2001年、獲物を狙う岩上の鷲を写実的に表現した鈴木長吉(1848~1919年)の「銅鷲置物」(東京国立博物館蔵)、その翌年には生きたカニが器にとりついているように見える宮川香山(1842~1916年)の「褐釉蟹貼付台付鉢」(同)が相次いで重要文化財に指定された。そうしたリアルな作品群が雑誌などで特集され、展覧会で巡回したりすることで、長く忘れ去られていた明治工芸が脚光を浴びるようになった。
もとをただせば、鎖国が解かれ日本の文物が世界に流通し始めたころ、欧米がその精巧さに目をみはったことによって明治工芸は一躍、内外で注目されはじめてゆくのである。1873年のウィーン万博がその契機にもなった。だから、近頃の人気は「再評価」というべきものだ。
筆者:正木利和(産経新聞)