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BBCが掲載する特派員の記事には、ステレオタイプや誤った情報が含まれているものが少なくない。これは報道機関としてのBBCの姿勢に懸念を抱かせる。
1月20日のBBCニュースに、ルーパート・ウィングフィールド=へイズ記者による "Japan was the future but it's stuck in the past"「日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている」と題する記事が掲載された。(日本語版の掲載は1月22日) 彼は2011年からBBCの日本特派員であった。
この記事はニュースというよりも、日本がいかにウィングフィールド=へイズ氏の期待に応えていないかという愚痴を延々と述べたものである。
記事に対し、外国人と日本人双方の読者から様々な反応があった。日英両国をよく知る読者は否定的に受け止める傾向があった。日本語が堪能で日本について幅広く書いている英国人の友人は、「戯言」と評した。私も同感である。
他方、ツイッター上で日本と日本人を誹謗中傷する多くの外国人と少数の日本人にとっては、格好の話題となった。
よく書けているか?
ツイッターを見て最も驚いたのは、2,489語のこの記事をよく書けていると評する好意的なコメントである。私自身は記事を読み、大学で社会学の講義をしていた時に学部生が提出した、事実と感想の入り混じった言葉足らずでまとまりのないレポートを思い出した。
それでは、学部生のレポートをチェックする際のように、記事の問題点と疑問点を取り上げてみたい。
日本では、家は車に似ている
記事はこの記述から始まる。「新しく入居した途端に、マイホームの価値は購入時の値段から目減りする。40年ローンを払い終わった時点で、資産価値はほぼゼロに等しい。」
通常住宅ローンの最長期間は35年であるが、この主張には一定の根拠がある。ただし、ウィングフィールド=ヘイズ氏が10年前に日本に来た時から同じ現象が続いているという主張には、確かな根拠は見いだせない。
日本では中古住宅市場は着実に伸びており、2017年頃からこのテーマの記事が出始めた。
また、築40年の住宅の多くがほとんど市場価値を持たないのには、それなりの理由がある。老朽化しているもの、現代の耐震基準を満たしていないもの、現代のライフスタイルに合わない間取りのものが多いからである。
過去にとらわれる
記事は、日本は「平和で、豊かで、平均寿命は世界最長。殺人事件の発生率は最低世界。政治的対立は少なく、パスポートは強力で、新幹線という世界最高の素晴らしい高速鉄道網を持っている。」と称える。その後で、「1980年代後半に、日本国民はアメリカ国民よりも裕福だった。しかし今では、その収入はイギリス国民より少ない。」と続く。
この主張は表面上は正しく、2021年に一人当たりの国民所得は英国49,420ドル、日本44,570ドルであった。だが、この数値は人口構成によって調整されていない。2021年に日本では人口の28.9%が65歳以上であったのに対し、英国は18.6%、米国は16.5%である。
米国人の所得は、医療費と住宅費を見るまでは良さそうに見える。だが、医療費は日本の基準からすると天文学的な数字である。そして、アメリカの魅力的な都市の住宅費は、東京が安価に見えるほど高い。加えて、都市部では一部を除き公共交通機関が不便で利用できなかったり、危険であったりするために、自動車を所有することを余儀なくされる。
英国の住宅も恐ろしく高い。私はシェフィールドという地方都市に家を持っている。そこはロンドンから最速の特急電車で2時間以上かかるにもかかわらず、不動産業者は東京並みの家賃で難なく借り手を見つけることができる。もちろん個人的にはあり難いことだが。
破綻国家イギリス
皮肉なことに、ヘイズ氏の記事と前後して、英国が「ヨーロッパの病人」と呼ばれた1970年代-日本でも「英国病」という言葉が使われた時期-に逆戻りしたと指摘する記事が相次いで出た。
その決定版と言えるのが、ウィングフィールド=ヘイズ氏の記事のわずか2日前にフィナンシャル・タイムズ紙に掲載された”Is life in the UK really as bad as the numbers suggest? Yes, it is”(英国の生活は本当に数字が示すようにひどいのか?そう、ひどいのだ)である。
著者のティム・ハーフォード氏は経済学者で、BBCで自身がプレゼンターを務める素晴らしい番組も持っている。記事によると、英国には「生活費の心配が広がっていること、いたるところでストライキが起きていること、英国の救急医療が完全に崩壊していることなど、明らかな問題がある。」
そして、「英国の所得の中央値は、ノルウェー、スイス、米国などを大きく下回り、先進国の平均を大きく下回っている。」
テレグラフ紙は、英国の年金の金字塔である「確定給付型」制度の破綻が迫っていると嘆いた。イングランド銀行によると、10月6日現在、英国の年金基金は「破綻から数時間」のところにある。
恐るべき官僚主義
ウィングフィールド=ヘイズ氏は、日本の「官僚主義は時に恐ろしいほどだ」と述べる。それは新幹線やトヨタの「ジャストインタイム生産方式」の効率性とは対照的な、非効率性を象徴するものであると言う。
だが、私から見ると、これは大人の社会人として、日本 (と母国)での生活経験しかない者がよく言う典型的な愚痴である。
私は社会人として、米国、英国、日本に暮らし、各国の官僚制度を経験した。英国の官僚制度は、国籍にかかわらず誰にとっても恐ろしい。例えば、私はシェフィールドの自宅のフリーホールド(土地)を購入するまで、家の外観を少し変えるにも地主と市の許可が必要だった。
「プランニング・パーミッション・ナイトメア」で検索すると、英国の官僚主義の最悪の例を数多く見ることができる(プランニング・パーミッションとは、米国のゾーニングに相当する)。
ウィングフィールド= ヘイズ氏は英国人なので、英国のビザや入国管理局についてほとんど知らないのかもしれないが、私は経験がある。1990年代は物事が簡単に進んだ。私は4年間居住した後、「英国への無期限居住許可」(永住権)を希望するかどうかという通知を受け取った。そして、わずかな手数料と数時間の手続きで、永住権を手に入れた。
しかし、現在、手数料はぼったくりレベルで、手続きは限りなく遅い。さらに、ウィンドラッシュ・スキャンダルが示すように、何十年も合法的に居住し納税してきた人々が、些細な官僚的問題で放り出されかねないのである。
運転免許証の更新
ウィングフィールド=ヘイズ氏は、運転免許証の更新時に、過去5年以内に交通違反をした者に課される2時間の講習を受けた。それについても不満を述べている。
ちなみに、彼はここで自身の日本語能力について、「講習の内容を理解する必要さえない。私は内容のほとんどがわからなかった」と不用意な言及をしている。
私はカリフォルニアに住んでいた時、軽い交通違反を一度した。そのため、一日がかりで「トラフィックスクール」に参加し、指定された場所まで何十マイルも運転しなければならなかった。
調べてみると、カリフォルニア州にはまだこの制度がある。つまり、ウィングフィールド=ヘイズ氏(やその他多数の在日外国人)が思っているほど日本は特殊ではないということだ。
また、免許更新時に必要な講習やビデオ視聴には役に立つ面もある。私はそこで路面電車の線路を横切る時の規則について質問し、疑問を解消できた。70歳と75歳の更新時には、視力や反射神経の衰えを認識することができた。
マンホールの蓋
日本の「恐ろしい官僚制度」についての話は、政府の無駄な支出を象徴するマンホール蓋へと続く。
「マンホール蓋が大好きな人が大勢いるのは理解できる。芸術品だと思う。けれども、1枚につき最大900ドル(約12万円)するのだ。日本がどうして世界最大の公的債務国になったか、理解するヒントになる。」
この主張は2つの点で疑問が持たれる。まず、1枚につき最大900ドルというのは ”On the Hunt for Japan's Elaborate, Colorful Manhole Covers” を参考にしているのかもしれない。だが、その記事によると、手で彩色した大きなマンホール蓋は確かに「最高」900ドルだが、通常の特注デザインの蓋は汎用品よりわずか5%高いだけとのことである。
ウィングフィールド=ヘイズ氏がツイッターのタイムラインに載せたマンホール蓋は、もっと安価であるはずだ。
次に、これらのマンホール蓋は、しばしば自己資金によるプロジェクトや観光促進の一部である。マンホール蓋を見たり撮影したりするために、人々は旅行しお金を使う。マンホール蓋のトレーディングカードのマーケットもある。有名なデザインのカードをコレクターに売ることに成功している町もある。
特注品の装飾的なマンホール蓋が英国にも存在することだけでなく、現代社会の進歩的な考え方を支援するために使われていることも、ウィングフィールド=ヘイズ氏は知らないのだろうか。
日本の現代性は表面的なものに過ぎない
ウィングフィールド=ヘイズ氏は、「日本の現代性は表面的なものに過ぎないと思う。」「新型コロナウイルスのパンデミックが起きると、国境を封鎖した。定住外国人でさえ、帰国が認められなかった。」と述べる。
これは半分は正しい。ただし、定住外国人のうち特別永住者は、出入国の際に国民として扱われる。
そして、このような入国制限は「日本はいまだに、外の世界に対して疑心暗鬼で、恐れてさえいる。」ことを示すものだと言う。
しかし、彼の同胞はそう思わないかもしれない。金融サービス業に携わる英国人の友人によると、制限期間中、彼らは日本国民と同じ検査と検疫を受けるだけで日本に出入国していたとのことである。
さらに、ヘイズ氏は全く触れていないが、 オーストラリアなどでは永住権を持つ外国人のみならず、市民も入国が制限されていた。
日本を外国人恐怖症と決めつける一方、オーストラリアには触れないことは、日本と歴史的に白人の多い国とを異なる基準で見ていることを示唆する。このようなダブルスタンダードは、Japan Times紙などの外国メディアによる日本報道に一般的に見られるパターンである。
移民政策
日本では「移民受け入れへの強い拒否感は揺らいでいない。」というウィングフィールド=ヘイズ氏の主張は事実からほど遠い。
大英帝国が植民地からの移民を受け入れようとしなかったのに対し、大日本帝国は植民地からの移民を受け入れた。その結果、日本には少数民族として朝鮮人が存在することになった。強制労働で来た者はわずかである。
日本は戦後も熟練した移民を常に受け入れてきたし、「熟練」のハードルはかなり低く設定されていた。一般的に大学を卒業していれば、このカテゴリーに入ることができる。
さらに、安倍政権以降、日本は着実に移民の機会を拡大し、大学教育を受けていないブルーカラーの熟練労働者も受け入れてきた。現在では、オーストラリアやカナダと同様のポイント制を導入している。それにより、永住権や市民権取得への道が開かれる。
世論調査を見ても、有権者は選択的移民を望ましいと考えるようになってきている。一例として、フォーリン・アフェアーズ誌に2020年に掲載された記事 "Japan Radically Increased Immigration-and No One Protested." (日本は移民を大幅に増やし、誰も抗議しなかった)は参考になる。
私自身の経験を述べると、2013~14年に日本で帰化申請を行った。料金もかからずテストもなかった。仮にその時英国で市民権を申請していたら、ラッセルグループの大学で10年間教授職をしていたにもかかわらず、英国についての知識を問うパブクイズ形式のテストと英語のテストに合格しなければならなかっただろう。しかも、受験料は数千ポンドに上っただろう。
ハーフ
記事には「2つの文化にルーツを持つこうした子供は『ハーフ』、つまり『半分』と呼ばれる。侮辱的な表現だが、この国では普通に使われる。」「ちやほやされることもあるが、ちやほやされるのと、受け入れられるのは、全く別のことだ。」と書かれている。
しかし、異なる文化の両親を持つからと言って、必ずしも子供がバイカルチャーになるとは限らない。私の子供たちもハーフだが、家庭内ではたいてい日本語を話し、地域の公立の小・中・高校に通った。米国に行ったことがなく、英国にも1週間ほどしか滞在したことがない。バイカルチャーとは言えない。子供たちは一見して「ハーフ」なので、初対面で「ハーフ?」と聞かれることは多いが、それで特別扱いされることもない。彼らの周囲では似たような「ハーフの日本人」が珍しくない。
年老いた者が生き残る
記事の中で歴史を一般化した部分は、あまりにお粗末だと言わざるを得ない。
ウィングフィールド=ヘイズ氏は「1945年に2度目の大転換が訪れても、日本の『名家』はそのまま残った。」と言う。
処刑されなかったという意味では、名家のメンバーは生き残った。しかし、戦前の資本主義を支配していた財閥は、その資産の大部分を失った。そして、企業のトップは、家柄や財産ではなく、学歴だけを資産とするサラリーマンに引き継がれたのである。
英国、特にイングランドとは異なり、日本では封建的な地権を持つ貴族が国土の大部分を所有しているわけではない。ましてや首都の一等商業地を所有しているわけでもない。
確かに政治の世界では、ある程度の連続性があった。しかし、安倍晋三の祖父である岸信介について ”Kishi was a member of the wartime junta”(戦時中の軍事政府の一員だった)と言うのは、初歩的な間違いである。(BBCが掲載した日本語版記事では「岸氏は戦時下に閣僚を務め」となっている。)戦時中の日本を動かしていたのは軍事政府ではない。国会は機能していた。1942年には選挙が行われ、斎藤隆夫のような無所属の候補者が国会議員に当選している。
岸は独立した権力基盤を持たないキャリア官僚で、1944年7月に政府から追い出された。政府で最も注目された軍人である東条英機も同様であった。東条もまた、基本的に官僚であり、独自の権力基盤を持たなかった。
東京の地理
これも初歩的な誤りだが、記事の初めの方に ”In front of the Imperial Palace in Tokyo, the skyline was dominated by the glass towers of the country's corporate titans - Mitsubishi, Mitsui, Hitachi, Sony.”(東京の皇居前には、三菱、三井、日立、ソニーなど、この国の巨大企業のガラス張りのビルがそびえたっていた。)という記述がある。
お気づきの読者もいると思うが、BBCが掲載した日本語版の記事では、日立とソニーの社名は削除されている。ソニーは皇居の前にガラス張りのビルを建てたことはないし、本社は皇居からかなり離れているからだ。
そして、日立の本社はソニーより皇居に近いとはいえ、皇居の前ではないからだ。
進むべき道
記事の最後は感傷的で饒舌で辟易させるものだ。ウィングフィールド=ヘイズ氏は商店街の小さな食堂を訪れる。
「おいしい料理、居心地の良い店、何かと世話を焼いてくれる親切な老夫婦......。すっかりおなじみの、慣れ親しんだものばかりだ。」
そして、日本への複雑な思いを語る。「日本は次第に、存在感のない存在へと色あせていくのだろうか。それとも日本は自分を作り直すのか。新たに繁栄するには、日本は変化を受け入れなくてはならない。……しかし、日本をこれほど特別な場所にしているものをこの国が失うのかと思うと、心は痛む。」
ウィングフィールド=へイズ氏にもっと観察力があれば、日本を特別な場所にしてきた多くが既に失われていることに気づいていただろう。
彼が日本がそれなりに活気があった時代と見なすバブル時代には、投機家と開発業者が東京の伝統的な街並みの多くを一掃した。
その後、巨大なショッピングモールが乱立し、多くの小規模店舗を消滅させた。さらに、全国的な大規模な均質化を推進した。
たとえ大型ショッピングモールがなくても、近代化の結果、周辺都市につながる多くの幹線道路沿いには、チェーンレストラン、自動車部品店、小規模ショッピングセンターが同じように並んでいる。
川越がその例である。小江戸と呼ばれ、徳川・明治時代の商家建築が保存されていることで有名な町だが、市街地に向かう幹線道路はお世辞にも魅力的だとは言えない。
これは日本が過去にとらわれているからではない。むしろ逆である。高齢化社会が何を意味するのかほとんど考慮せず、新しいものや流行を追い求めすぎているのだ。妻の故郷では、小規模なショッピングモールが地元の小さな商店をほとんど消滅させた。隣接する町の田園地帯に計画されているメガモールは、既存の小規模なモールを消滅させるかもしれない。
結論
感傷的なおしゃべりであれ、外国人の不平不満であれ、ウィングフィールド=ヘイズ氏の記事は調査不足でステレオタイプで拙い内容である。残念ながら、BBCがこの種の記事を掲載するのは一度や二度のことではない。
BBCの日本報道は、よい場合でも表面的。悪い場合は、日本以外の国では人種差別的だと見なされかねない内容である。ツイッター上で複数の外国人コメンテーターが、ウィングフィールド=ヘイズ氏の記事について指摘したように。
著者:アール・H・キンモンス(JAPAN Forwardコメンテイター、大正大学名誉教授)