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【アトリエ談義】(4)鳥居清長の絵馬:掘り出し物との出合い

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まだ、紹介したい絵師と作品が、出番を待っていますが、この辺で小休止をして、私の掘り出し物エピソードをご紹介したいと思います。

 

長い年月の間にも、うまい話はそう多くはありません。むしろ掘り出し物を逃した話の方が多いのです。そして、そう懐の豊かでない私にとって、掘り出し物は、まず安価であることが大切な条件となります。したがって一流のオークションなどはめったに利用しません。私は自分の足で、ガラクタ市や、古書店、町の小さな古美術店をこまめに歩きます。すると、店主と親しくなります。彼は私が喜びそうなものを探してくれる事もあるのです。もっともそう上手くいく時ばかりではありませんが、こればかりは「御縁」が全てなのです。

 

そうした御縁で出会った最高の掘り出し物に、江戸時代の浮世絵黄金期を代表する絵師、鳥居清長(とりい・きよなが)筆による絵馬(注釈1)があります。

 

これから、この最も印象に残るエピソードをお話ししましょう。

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私は、自宅に近い神社で、毎月第1日曜日に開かれているガラクタ市によく行きますが、ある日曜日のこと。いつも真っ先に見に行く、富山県から来る骨董屋さんの出店へ行くと、すでに先客がおり、そこには大きな絵馬がありました。チラッと見えた絵柄が鳥居派の技法で描かれていて、ただものではないことが直感的にわかり胸が高鳴ったのを今でも覚えています。けれども先客はいつまでも交渉しており帰る様子もないので、私は他の店を見て回っては様子をうかがっていました。幾度目かに、やっと先客は帰り、ゆっくり絵馬を見ることができたのでした。

 

絵は「草擦曳(くさずりびき)」といい、鳥居派の絵師たちが描く題材で、一見すると落款は無いのですが、こんなガラクタ市に出るような代物ではない超一流品であることが感じられ、先ほどの先客との交渉がどうなったのかが気にかかるのでした。店主が言うには、客は次回の骨董市に来るまでに考えておく、と言って帰ったとのこと。そして、もし彼が来なかったら買ってください、という事になりました。

 

1カ月が経ち、緊張しながら市へ行くと先客は来ておらず、この絵馬は晴れて我がコレクションに入ることになったのでした。値はかなり高額だったとはいえ、オークションで買う事に比べれば安いものです。早速、清長にも詳しい、当時千葉市美術館の学芸課長だった浅野秀剛氏に連絡しました。彼はすぐさま駆けつけてくれ、清長の作品である可能性が高いことをお互いに確認したのでした。

 

ここで「鳥居清長」という絵師の絵が、何故それほどまでに貴重なのかをご説明したいと思います。

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まず清長は、当時から歌麿と肩を並べる大家であること。そして浮世絵版画も多くはなく肉筆に至ってはさらに希少で、例えば昭和9年刊行の「浮世絵芸術」における清長百二十回忌の清長特集での座談会にはこんな記述があります。

 

「皆さんご承知の通り、清長の肉筆は、実にそれこそ雨夜の星を数えるほどしかないのでございますが、」これは、浮世絵については大ベテランの松木喜八郎が述べている事です。これで清長の肉筆など、そう簡単に出てくるものではない事がお分かり頂けたでしょう。

 

さらに絵馬にあっては、昭和の初めに調査した時点で3点確認されて以降、今まで1点も発見されておらず、しかもそのうちの1点も震災で消失。残るはわずか2点になってしまっていたのです。

 

そこに今回の新発見ですから私の胸は高鳴りました。しかしこの時点ではまだ確証はありませんでしたし、清長筆を疑う人もいました。しかし、2007年に千葉市美術館で開催された清長展への出品依頼があった折に、出品の条件として赤外線撮影をお願いし、東京文化財研究所で完璧な撮影が行われたところ、なんと「鳥居清長筆」の文字と花押(注釈2)が、くっきりと浮かび上がったのです。

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そしてこの絵馬が晴れて清長の新発見の絵馬であることが公認されました。その後、明治22年創刊の権威ある美術研究誌「国華」1344号に、浅野氏の解説と共にカラーで掲載されるという最高の扱いを受けたのはこの上ない喜びでした。

 

 

それにしても、ガラクタ市の出物が「国華」に紹介された例は稀ではないでしょうか。

 

ところで、私は主に国芳を蒐集していますが、実は、国芳は清長の大ファンで、彼の武者絵を宝物のように大切にしていたそうです。国芳は歌川派のみならず、他の流派に属する絵師からもプラスになると思えば良いところを進んで自分の作品に取り入れていました。当時、多くの絵師に尊敬されていた清長を、国芳も大変尊敬しており、また、清長筆の金太郎図にそっくりの作品を国芳は残していますから、悳コレクションに清長の作品が加わるのは当然と言ってよいでしょう。

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注釈1 神社や寺に奉納される絵。木の板に描かれており元来は馬の絵が多かった。
注釈2 署名の下に書く自筆の図案化されたサイン。

 

悳俊彦(いさを・としひこ、洋画家・浮世絵研究家)

 

【アトリエ談義】
第1回:歌川国芳:知っておかねばならない浮世絵師
第2回:国芳の風景画と武者絵が高く評価される理由
第3回:浮世絵師・月岡芳年:国芳一門の出世頭
第4回:鳥居清長の絵馬:掘り出し物との出合い

 

 

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