パンデミック後の世界分断

 

英文は駐シカゴ中国総領事がウィスコンシン州上院議長に送った「中国の対応を賞賛する決議」案の内容。習近平氏=写真(AP)=率いる中国指導部には、恥も外聞もない

 

今回、ここに掲載したのは、米国の五大湖に近いウィスコンシン州議会上院の「決議案」まがいである。まがい物である理由は、それが中国当局による巧妙な英作文であるからで、よく言えば草案、ありていに言えば偽物である。

 

決議案には、新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)を阻止した中国の努力を支持し、世界保健機関(WHO)と協力するよう米政府に勧める、などと書かれている。すべてはトランプ政権が主張している内容とは正反対だ。あたかも、州上院が中国を称賛し、中国寄りのWHOと協調するよう米政府を誘導している。

 

この決議案は、駐シカゴ中国総領事からウィスコンシン州議会のロジャー・ロス上院議長宛てのメールに、案文として添付してあった。差出人の総領事は、州議会上院で「中国の対応を称賛する決議」を行ってほしいと露骨な依頼をしていたのだ。

 

武漢ウイルス発生の責任から目をそらすために、評価の書き換えを第三者に委ねている。

 

この件を取材した英紙フィナンシャル・タイムズのジャミル・アンデリーニ記者によると、ロス議長は外国勢力による地方議会への露骨な介入に、初めは半信半疑で、次に怒り、ついにはあきれてしまった。そこでロス議長は、決議の文案伝授に対して次のように返信したという。

 

「親愛なる総領事殿、ふざけるな」(4月20日付フィナンシャル・タイムズ紙)。

 

 

歴史も評価も書き換える

 

隠蔽(いんぺい)工作に失敗した中国が、失われた権威を無理に引き戻そうとして、かえって墓穴を掘っている。

 

そこには恥も外聞もないから、ウィスコンシン州に求めたことは他州へも依頼しないはずがない。中西部のミズーリ州は逆に、中国が世界に嘘をつき、感染を抑止できなかったとして連邦地裁に損害賠償請求を行っている。米国の地方を狙った宣伝工作も、しっぺ返しを受けているようだ。

 

本欄(「世界読解」)もまた、前回4月3日付で指摘したことに関して、中国側が過去の記述を書き換え、何食わぬ顔をしている事実を目の当たりにした。

 

前回コラムでは、中国指導部が嫌がる「武漢ウイルス」という俗称を、国営通信の新華社が1月22日付英文サイトで自ら使っていたではないかと突いた。当初は北京公認で伝えながら、後にポンペオ米国務長官が言及すると「人種差別だ」と逆上するのは奇怪であると書いた。

 

中国が米国に向けて使う「人種差別」とは、不都合な批判を黙らせるときに、相手の贖罪(しょくざい)意識を呼び覚まして金縛りにする決まり文句である。日本に対しては、「軍国主義復活」と決めつけるのと同じ手法で、言葉の裏に政治的な思惑が隠されている。

 

ところが、自らも武漢ウイルスと称していたのでは辻褄(つじつま)が合わない。そこで、本欄が指摘した4月3日を境に、新華社サイトから武漢ウイルスの「Wuhan virus」の見出しが消去された。なるほど、中国が歴史を塗り替えるとはこういうことかと、得心した次第である。

 

 

不可逆的なデカップリング

 

中国共産党は身勝手な宣伝戦に頼りすぎて、逆効果を生む傾向がある。「ふつうの国」なら、まず、ウイルスを世界に拡散させてしまったことに遺憾の意を表する。次いで、ウイルス関連の詳細なデータを国際社会に提供し、同情と尊敬を得ることになる。もちろん政権交代は覚悟の上だ。

 

そこは全体主義の悲しさで、なにより体制護持を優先して「隠蔽工作」と「対外宣伝」に走る。隠蔽に失敗すると、脅しを交えて反論し、米軍のウイルスばらまき説という陰謀論に飛びついた。そして、世界に散らばる大使館や領事館を動員して、独裁統治システムの優位性を誇張するキャンペーンを展開する。

 

16世紀のフィレンツェでペストの大流行を目撃した『君主論』の政治思想家、マキャベリは、疫病の感染爆発について「誤った支配の直接的な結果である」との言葉を残した。今回の感染爆発も、習近平政権の失策から国際的サプライチェーン(供給網)を破壊する流れが強くなりつつある。

 

北京大学の著名な政治学者、王緝思教授は米中関係が最悪のレベルに達し、経済と技術の米中デカップリング(分離)は「すでに不可逆的である」とまで述べている。中国に医薬品成分の大半を依存する米国は、共和、民主の両党一致で国内の医薬品増産を奨励する法案を出す。

 

 

コスト高の受け入れ覚悟

 

中国を巨大もうけ市場としか見なかった欧州も、ウイルスを世界にばらまきながら粗悪な医療器具を送り付けられ、「詫(わ)びるどころか恩に着せる」態度にかつてない屈辱を味わった。しかも、パンデミックにてこずるうちに、中国企業が半導体など先端技術の企業買収に出ていたことに気づいて怒りが渦巻いた。

 

フランスのマクロン大統領は中国依存から自国生産に切り替える品目を挙げ、英国の閣僚からは、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の第5世代(5G)移動通信ネットワーク導入を見直す声が出てきた。

 

安倍晋三首相はさらに踏み込み、習近平国家主席の訪日延期が決定した3月5日、緊急経済対策でサプライチェーンの再構築に乗り出している。首相が議長を務める「未来投資会議」で、付加価値の高いものは生産拠点を日本に回帰、そうでないものは拠点を東南アジアなどに移して多元化する企業への支援を明示した。

 

日米欧の明確な「中国離れ」に、北京は衝撃をもって受け止めている。武漢ウイルスの発生以前から、巨額債務を抱えて苦しい経済運営を強いられ、日米欧がサプライチェーンを断ち切ることを最も恐れる。

 

米国のシンクタンクからは、今後、中国が医薬品を汚染物質でつくるなど「医薬品の兵器化」を警戒する声さえ出ている。だが多くを西側製品とするには、消費者がコスト高を受け入れる覚悟が欠かせない。

 

果たしてあなたは、安いが安全の疑わしい中国製と、高くつくが安全な国産のどちらを選ぶか?

 

筆者:湯浅博(産経新聞)

 

 

2020年5月1日付産経新聞【湯浅博の世界読解】を転載しています

 

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Hiroshi Yuasa

Author:

Mr. Hiroshi Yuasa is an Editorial writer, a columnist for the Sankei Shimbun and Senior Fellow at Japan Institute for National Fundamentals. His areas of specialization include Security of Asia Pacific region, Japan-U.S. relations.
Mr. Yuasa graduated from Chuo University, Faculty of Law and studied international relations as a Mid-Career Fellow at Princeton University.
He has served as a Washington Bureau Chief 1995-98, Singapore Bureau Chief 1998-2002 at the Sankei Shimbun.

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