Hong Kong China Democracy 013

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排除される民主派

 

中国・全国人民代表大会(全人代)の取材には双眼鏡が欠かせない。

 

記者席から遠く離れたひな壇の中央に座る習近平国家主席(67)に狙いを定め、ひたすら観察するのだ。

 

クライマックスは式典の終了直後である。退場するまでの間に、どんな行動をとるか、誰かに話しかけるのか-。

 

すでに北京勤務を終えた私に双眼鏡を握るチャンスはない。ただ、今年の閉会式後の報道写真を見ていて「おや」と思った1枚があった。

 

習氏がひな壇で、ある人物と立ち話をする写真である。手もみをするように立つ男は国務院香港マカオ事務弁公室の夏宝竜主任(68)。中国政府で香港政策を統括する人物だ。習氏が浙江省のトップを務めていたときの腹心だった。同省内の2千を超すキリスト教会を破壊した「壊し屋」の異名をとる。

 

「しっかり頼むぞ」「はい、お指図通りやっております」。そんな会話が聞こえてきそうな1枚だった。今年の全人代では香港の選挙制度の改悪が決まり、2019年の大規模デモを主導した民主派は徹底的に排除されることになった。

 

 

国安法を予期した男

 

20年6月末、習氏が香港の混乱を収拾するため、夏氏を同弁公室主任に抜擢(ばってき)して断行したのが「香港国家安全維持法」(国安法)の香港導入である。

 

言論や集会の自由を制限し、その後、民主派勢力を一網打尽にすることになる国安法の導入を予期していた人物がいた。

 

民主派の理論的支柱として知られる戴耀廷(たい・ようてい)・香港大元准教授(56)だ。

 

戴氏は立法会(議会)選を5カ月後に控えた20年4月、民主派が目指すべき今後の行程表を発表し、大きな話題となった。

 

20年9月、立法会選で民主派が過半数を奪う→21年5月、立法会で予算案を否決し行政長官に立法会を解散させる→同年10月、立法会選で再び民主派が過半数を獲得する→同年11月、立法会で予算案を再否決する。

 

予算案が2度否決されると、行政長官は辞職しなければならない。戴氏が想定していたXデーはこの後だった。

 

業を煮やした中国当局は21年末、国家安全法を導入して民主派の大量逮捕に踏み切る→香港市民が大規模なデモやストライキで抵抗する→国際社会も厳しい対中制裁を発動する。

 

中国に内外から圧力をかけて譲歩を迫り、普通選挙導入などの民主化を実現する-という青写真を描いていたのだった。

 

中国は戴氏の読み通り、国安法を香港に導入した。想定より1年半早かったにすぎない。

 

「香港という自由世界が専制的な中国に屈していく。自由世界のリーダーである米国がこの局面にどう対応するのか…」

 

20年5月、全人代で国安法の導入方針が決まった直後の取材に、戴氏はこう語っていた。

 

 

悪手打ち続ける中国

 

国安法の施行に伴い、国際公約である「一国二制度」を死に追いやった習政権への批判が、米欧で一気に高まった。戴氏の狙い通りだった。

 

施行後、民主活動家が逮捕されるたびに批判のボルテージは上がっていく。それを承知の上で、著名活動家の黄之鋒氏(24)や黎智英氏(72)は塀の向こう側に赴いたのだ。

 

「われわれに残された闘争手段、それは捕まることです」。ある民主活動家は吐露する。

 

戴氏自身、今年に入り、国安法違反(国家政権転覆罪)で逮捕・起訴され収監中の身だ。

 

香港政策の指揮を執る夏氏が「反中分子の極悪人であり厳罰を与えねばならない」と名指しするのが黄、黎、戴の3氏である。国安法違反の最高刑は終身刑だ。が、3人に厳罰を科せば国際社会の一層の反発を招く。

 

習氏は今、香港を計画通り支配下に置きつつあると、ほくそ笑んでいることだろう。しかし、シナリオ通りに動かされているのは共産党の方だと言えないか。悪手を打たされ続けているのは中国ではないのか。

 

香港人は自らを犠牲にすることで、国際社会の信用失墜という代償を中国に払わせた。来年2月に北京冬季五輪を控え、ボイコットの動きが広がれば習政権のメンツは丸つぶれだ。来秋には党大会も開かれる。

 

果たして民主派は敗北してしまったのか。国際社会が沈黙すれば、そう言わざるを得ない。しかし中国に圧力をかけ続けることができるなら-。香港人が敗れたと言うにはまだ早い。

 

筆者:藤本欣也(産経新聞論説委員)

 

 

2021年4月4日付産経新聞【日曜に書く】を転載しています

 

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