コロナもきっかけ 米国で温水洗浄便座販売が急増
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日本が誇る技術である温水洗浄便座の海外販売が急伸している。文化の違いなどから長年反応が鈍かった米国でも上昇が顕著で、企業によっては今年1~6月の北米での販売台数が2019年同期比で3倍近くに達した。理由は衛生面で優れていることや、トイレットペーパーの使用量を抑えられる環境優位性が見直されたこと。新型コロナウイルスによる紙不足が認知拡大のきっかけとなり、業界では海外での普及に向けた手応えを感じている。
「ようやく海外普及に向けて軌道に乗った。これからは拡大のスピードが全然違うだろう」
温水洗浄便座「ウォシュレット」の商標で知られる業界トップTOTOの田村信也常務は11月下旬、産経新聞の取材に今後の海外販路拡大に自信を見せた。
同社によるウォシュレットの販売は欧州や中国などでも順調だが、米国はより伸びが顕著だ。北米での販売台数指数は15年度を100とすると、19年度は215、コロナ禍に入った20年度は394まで一気に跳ね上がった。各年上半期(1~6月)だけで見ても、コロナ禍直前の19年度を100として、21年度は278まで上昇した。
ウォシュレットは痔(じ)で悩む人向けの米国製医療機器が原型で、それを輸入販売していたTOTOの前身、東陶機器が1980年に生活用品として開発。絶妙な洗浄水の噴射角度や噴射ノズルの自動洗浄機能に加え、尻を洗う能力を保ちながらの節水レベル向上など度重なる技術開発を経てきた。
内閣府の調査によると、昨年3月時点で温水洗浄便座の国内普及率が8割を超え、もはや日本では「生活必需品」となった。一方、米国では86年の販売開始以降、絶えず苦戦が続いた。
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苦戦の最も大きい要因は日常生活の枢要を占める排泄(はいせつ)行為の中で、「見たこともない機器をいちいち使おうとしない」という心理的なハードルだった。
米国でも公の場でトイレの話をすることがはばかられる風潮は強く、広告やテレビCMなども打てなかった。2000年代にTOTOが米国内のショッピングモールで専門店を出したところ、他の店舗からクレームがついて撤退を余儀なくされたという。
また、地震が少ないために多く残る古い住宅では、水回りでの電気機器の使用は漏電を起こすとの懸念などから、ユニットバスの室内に電源を引いている住宅は少なく、新たに工事をすれば費用がかかる。こうした文化的、経済的な理由なども立ちはだかっていた。
なかなか状況が好転しない中でも、同社の営業マンたちは日系をはじめとするホテルにウォシュレットを入れてもらえるよう草の根の営業活動を長年続けた。ごくわずかながら次第に利用は広がり、徐々に販路や代理店も増え、ネット通販サイトのアマゾンでも取り扱われるように。クリスマスプレゼントとして子供が両親に贈るというケースも出てくるようになり、19年には同サイト売れ筋ランキングで10位以内に入った。
「もっと早く買えばよかった」「アメージング(素晴らしい)」
ネット上のレビュー欄には絶賛の声があふれた。
田村氏は「当初はSNSも発達していなかったから文字通り『口コミ』だけ。使ってもらえるようになるまで気の遠くなる時間を要した」と振り返る。
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そしてコロナ禍に入って決定的に潮目は変わる。
感染拡大当初、米国でも日本と同様にトイレットペーパーの買い占めが生じ、各地で品薄になった。そうした状況下の昨年4月、世界で最も影響力があるメディアの一つ、ニューヨーク・タイムズ(電子版)が1本のコラム記事を掲載した。
「Stop using toilet paper(トイレットペーパーを使うのをやめよう)」との見出しで、日本では一般的な温水洗浄便座の導入が世界で遅れていることを指摘。紙の使用量を抑えて水で洗うことは、衛生面でも環境面でもメリットが大きいと伝えた。
紙不足を機に需要が一気に増えた。しかし田村氏によると、コロナ前に売れる予兆が出ていたことが奏功し、出荷台数も販路も対応できる態勢が既に敷かれていた。また現在の米国ではバスルームで音楽や照明などを楽しむ風潮が強まっており、新築やリフォームの際に電源を引くようになったことも追い風になった。
今では温水洗浄便座の将来性を見込み、地元の競合他社も生まれたという。
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需要が増しているのは米国だけでない。3大メーカーの一角、LIXIL(リクシル)の担当者は「中国一国だけで日本国内の業界全体の出荷台数を上回っている」と説明。富裕層の増加に伴い市場の成長が著しいという。また、東南アジアではニーズに合わせて乾燥や脱臭などの機能を排し、洗浄に特化した安価な製品を投入したところ、売れ行きが好調という。
残るパナソニックも同様に中国と台湾で販売台数を大きく伸ばしており、来年度からはタイに進出する予定だ。
TOTOの田村氏によると、海外での温水洗浄便座の普及状況は「あくまでイメージ」と断った上で、日本を10とすると、現時点で東南アジアは0・5、米国が1、中国でも2~3程度に過ぎないという。「それだけ今後の伸びしろがあるということ」。今後、日本企業の動向が注目される。
筆者:福田涼太郎(産経新聞経済部)
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2021年12月5日産経ニュース【経済インサイド】を転載しています
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