福島事故以来、世界は原子力発電に、より高い安全性を求めるようになっている。その期待に応えられる次世代原子炉が、開発レースで日本がトップに立っている高温ガス炉だ。
炉心溶融や水素爆発とも無縁で全電源喪失にも耐える。運転に水を使わないので砂漠にも建設できるし、発電しながら水素製造もしてしまう。石炭多用国のポーランドは二酸化炭素の排出削減のために、日本原子力研究開発機構からの技術協力の下、商用の高温ガス炉の導入に着手した。
この一方で、中国も高温ガス炉に着目し、猛烈な勢いで開発のアクセルを踏んでいる。日本は安閑としていられない。
基本機能を完備
日本の高温ガス炉は、茨城県大洗町に立地する原子力機構の「高温工学試験研究炉(HTTR)」。
新型原子炉の開発は、段階を踏んで進む。HTTRはその第1段階なので熱出力は3万キロワット。しかし、高温ガス炉の基本機能を完備している。
50日間にわたって950度を発生させたり、高温利用の化学反応で水素を150時間、連続製造したりするなど実用レベルの成果を積み上げている。
他の技術項目も含めて世界最高の性能を誇る高温ガス炉が、1998年に運転を開始した日本のHTTRなのだ。
中国は実用間近
中国も高温ガス炉を先進原子力発電設備の1つに選定し、開発に国力を注入している。
清華大学の高温ガス研究炉「HTR―10」の運転開始は2000年。
日本より2年遅れの臨界だったが、現在は次の開発ステージの高温ガス実証炉「HTR―PM」の稼働が間近になっている。
山東省威海市石島湾に建設されたHTR―PMは、来年中にも2基を束ねて約20万キロワットの発送電を行う見通しなのだ。
ただし、日本の精緻な高温ガス炉とは炉心の設計も燃料の構造も異なっているので、発生させられる高温は750度止まり。だが、実用化の前段階に達している点は、あなどれない。
このHTR―PMの建設は、日本の原子力事業全般が福島事故を受けて凍結状態に置かれている間にも進んで肉薄された。
商用炉の計画も
さらに驚くべきは、中国では高温ガス商用炉の建設計画も6自治体で着々と進んでいるという点だ。
福建省に3カ所と江西省、広東省、浙江省に各1カ所だ。江西省の予定地は内陸の瑞金市。
この高温ガス商用炉プラント(電気出力120万キロワット)は小型モジュール炉の設計思想を踏まえている。
高温ガス炉は安全性が極めて高い半面、構造的に大型化できないが、小型でも複数基を束ねれば一般的な大型原発に匹敵する電気出力を持たせられる。
この商用炉プラントの場合は、各10万キロワットのHTR―PMを12基使う。
具体的には6基のHTR―PMで1台の蒸気タービンを回して60万キロワットを発電する。名称は「HTR―PM600」。
このユニット2つを、1つの中央制御室でまとめてコントロールすることで、計120万キロワットの高温ガス炉プラントを実現する計画なのだ。
性能は日本が上
中国の高温ガス炉は、ブロック型と呼ばれる日本の高温ガス炉とは異なり、ドイツの技術にルーツを持つペブルベッド型というタイプ。多数のウランの微粒子を黒鉛粉末と混合した炭団(たどん)状の燃料を次々、炉心に落下させて使う。
国際市場での価格競争では、日本製より優位に立つとみられるが、炉心の熱を出口に運ぶヘリウムガスの温度は日本製より200度も低い。だから中国製では水素製造も困難だし、高効率のガスタービン発電も行えない。
性能は日本製に及ばないものの、間もなく実証炉が動きだす。それに続く商用炉の開発が順調に進めば、中国製高温ガス炉が世界市場を席巻することになりかねない。
ポーランド活路
原子力機構の高温ガス炉HTTRは、原子力規制委員会による安全審査で稼働を停止しているが、ポーランド国立原子力研究センターの高温ガス炉研究開発に協力することで、海外を舞台に技術力をさらに高める計画だ。
高温ガス炉という次世代炉の実用化に向けた取り組みは、両国の若手研究者や技術者にとって魅力にあふれた活動になるはずだ。
政府が策定した現行の「エネルギー基本計画」には、国際協力の下での高温ガス炉の技術推進が示されているが、次の第6次基本計画には、高温ガス炉の国内建設についても書き込んでもらいたい。
エネルギー小国・日本の将来は、高温ガス炉の成否にかかる。宝の持ち腐れだけは避けたいものだ。
筆者:長辻象平(産経新聞)
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【用語解説】高温ガス炉(HTR)
名称は火力発電を連想させるが、れっきとした原子炉。次世代原発として注目を集める存在だ。普通の原発(軽水炉)での水の代わりに黒鉛とヘリウムガスを使う。原理上、過酷事故は起きない。軽水炉の3倍以上の高温で高効率発電が行え、同時にクリーンエネルギーの水素生産も可能。発電機をつながず、製鉄や化学工業用の熱源としても使える。コストの高さが実用化への壁だったが、福島事故後、安全強化で軽水炉の価格が上昇したため、競争力を獲得した。日本の研究には1960年代末からの歴史がある。
2020年2月26日付産経新聞【ソロモンの頭巾】を転載しています