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石原慎太郎元東京都知事の死去に関する2月2日付産経新聞社会面の記事は、平成23年の東京電力福島第1原発事故で、当時の菅(かん)直人内閣の要請で放水作業のため現地に赴いた東京消防庁ハイパーレスキュー隊とのエピソードを振り返っていた。
石原氏が任務を終えた隊員に対し、涙声で「本当にありがとうございました」と感謝の気持ちを表明する場面である。会員制交流サイト(SNS)上でも、多くの人がこのシーンを感慨深く回想していた。
だが、実は石原氏は首相官邸からの隊派遣要請をいったん断っている。菅氏に隊員を預けると、どんな危険で無謀な任務を強いられるか分からないと判断していたのだった。
このときは結局、菅政権では物事を動かせないとの事務方の相談を受けた安倍晋三元首相が、石原氏の長男である自民党の石原伸晃幹事長(当時)を介して説得し、石原氏も最終的に派遣要請を受け入れた。当時、事情を知るある官僚にこう言われた。
「菅首相に調整経緯を知られると、へそを曲げて何をするか分からないから、書かないでおいてほしい」
ただ、あの時代から11年がたっても、菅氏の不規則な言動は変わらない。いや菅氏だけでなく、小泉純一郎、細川護熙、鳩山由紀夫、村山富市の各氏も合わせた5人の首相経験者が原発事故をめぐり行っていることが現在、岸田文雄内閣から強く否定される異例の事態となっている。
環境省は1日、山口壮環境相名で5人が連名で欧州連合(EU)欧州委員会に出した原発肯定方針の撤回を求める書簡の内容への反論文「福島県における放射線の健康影響について」を明らかにした。
それは5人の書簡の中に「(原発事故により)多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」との表現がある問題を取り上げ、次のように指摘している。
「福島県の子供に放射線による健康被害が生じているという誤った情報を広め、いわれのない差別や偏見を助長することが懸念されます」
また、政府が風評の払拭に取り組んできたことを記し、福島県の甲状腺検査で見つかった甲状腺がんについて、県民健康調査検討委員会や原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)などの専門家会議で、放射線の影響とは考えにくいと評価されたことを紹介した。そのうえで、書簡の表現は「適切でない」と断じた。
つまり、5人を名指しで差別や偏見を助長し、科学的知見に基づかない風評を広げる不適切な行為をしていると断罪したのである。
この問題をめぐっては、菅(かん)内閣で首相補佐官と原発事故担当相を務めた自民党の細野豪志氏も、かつての上司らを厳しく批判する。
「菅直人元総理は避難範囲の決定をした責任者だ。原発事故により甲状腺がんが増えたと主張するなら自らの政治責任をどう取るのか。反原発を言うのとは次元が違う重たい問題だ」(1月30日のツイッター)
福島県の子供の甲状腺がんに関しては、日本学術会議も「地域や外部被ばく線量が違う場合でも、発見頻度に意味のある差は見られない」と報告している。
元首相たちはいったい、何をやっているのか。自分たちの反原発イデオロギーのためなら資料を無視し、10年以上かけて風評被害の払拭を図ってきた福島県の努力が、水泡に帰しても構わないとでもいうのか。
いたずらに福島県を苦しませるだけで何も生まない軽率な行為を、恥ずかしいとは思わないのか。
筆者:阿比留瑠比(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
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2022年2月3日付産経新聞【阿比留瑠比の極言御免】を転載しています