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包丁一本、威信かけ クジラ捕獲 昔も今も試される度量

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和歌山県太地町の捕鯨船船長、竹内隆士さん

 

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人力でクジラに立ち向かった古式捕鯨では、最後は人間がクジラにとりつき、とどめをさした。一人前になるためには必須の過酷な任務。若者たちは命がけで海に飛び込んだ。技量と度量が試されるのは、機械力が勝るようになった現代でも変わらない。

 

 

さまざまな船が係留される和歌山・太地漁港(太地町)に、特徴的な船が停泊していた。船首に大砲を据え、見張り台を乗せた高いマストがある。太地町漁協の小型捕鯨船、第7勝丸(32トン)だ。江戸時代から続く捕鯨の伝統は今も現役である。

 

船の甲板で船長の竹内隆士さん(43)に話を聞いた。長さ1メートルほどの朱塗りの銛(もり)3本が、横たえられていた。持ち上げるのに苦労するほどずっしり重い。

 

「大砲で心臓を狙って撃ちます。柔らかい腹のあたりに撃ち込むので、体の反対側に通り抜けてしまう」

 

機械力による現代の捕鯨は、圧倒的に人間が有利だ。ロープがついた銛を大砲で撃つノルウェー式が明治時代に導入されると、人海戦術で銛を打つ日本式の捕鯨法は駆逐された。

 

鋼鉄の銛が心臓に命中すると瞬時に絶命する。竹内さんは「苦しい思いをさせないように、ということもあります」と話した。

 

昔のクジラは、苦しい最期を遂げた。何十本も銛を打ち込まれ、噴気孔から血を吹き、のたうちながら死んでいった。徐々に弱らせるような方法でしか、巨大な生命体と戦うことができなかったのだ。

 

捕鯨船、第7勝丸の銛(もり)。クジラの急所を狙って撃ち込む=和歌山県太地町

 

人海戦術

 

生まれる時代を選べないのは人間も同じ。ディーゼル機関も大砲もなかった江戸時代、男たちは褌(ふんどし)一丁でクジラに挑んだ。木船を櫓で漕ぎ、銛と包丁だけが武器だった。太地町立くじらの博物館に、恐ろしく鋭利な刃物が展示されていた。「鼻切り」と呼ばれる任務に使われた包丁だ。

 

何百人もの人海戦術でクジラを追い込み、銛を打つが、いよいよ弱ったときにこれを使う。「鼻」と呼ばれる噴気孔の肉を切り開き綱を通す穴をあける。陸ではなく海で、しかもまだ生きているクジラに対して行う。死んで沈むと労力が水泡に帰す。水没させず、運搬にも供するこの任務は、古式捕鯨にとって極めて重要な仕事だった。

 

「行け!」

 

刃刺(はざし)とよばれる船上の指揮官の号令で、ひとりの男がクジラの血に染まった海に飛び込む。口には包丁の背をくわえている。太地五郎作著「日本の古式捕鯨」によると、鼻切りは刃刺を目指す若者にとって必須の任務だった。

 

クジラに泳ぎ着くと、滑る背中をよじのぼる。突き刺さった銛や絡まった網が頼りだ。クジラが潜ると人間も水没する。ただしクジラは自らの体長より深くは潜らない。水中で静止したときを狙い、包丁を使う。

 

古式捕鯨で「鼻切り」に使われた包丁=太地町立くじらの博物館

 

「下手をやるとクジラのために殺される」ほど危険だ。だから、技量と度量を兼ね備えた者だけに許された。

 

 

威信獲得

 

時代をさかのぼるほど力関係は動物に傾く。木から地上に下りて二足歩行を始めた私たちの祖先は、肉食獣の標的であった。人間を狩られる立場から、狩る立場に変えたのも恐らく、技量と度量なのだろう。

 

日本では古式捕鯨として産業化するはるか以前、紀元前4000年ごろにクジラの捕獲が行われていたようだ。長崎県平戸市のつぐめの鼻遺跡で、サヌカイト製の石銛が数百点も発掘された。九州本土と平戸島に挟まれた平戸瀬戸はかつてクジラの通過ルートだった。決まった季節に来るクジラを狙って縄文人が、丸木舟から銛で突く捕鯨を行った可能性があるという。

 

危険で確実性にも欠ける大型獣の狩猟は、経済的に見合わないと、考古学者の渡辺仁はいう(「縄文式階層化社会」)。では何が目的だったのか。陸のクマ、海のクジラに代表される大型獣は、威信獲得を目的として狩猟の対象になったと、渡辺は考えた。経済では測ることができない、精神的な報酬だ。

 

 

6000年へて

 

6000年もの時代をへて人間はなお、クジラを追いかけている。力関係は動物を圧倒するが、心の持ちようは果たしてどうか。

 

「賢いクジラは予想を覆すんです。ここらへんと山をかけて大砲を向けておくと、全く違うところに浮上してくることもあります」

 

竹内さんはそう話した。漁期の春から秋、北海道や三陸沖など遠征先に近い港から朝に出て夜に戻る。吹きさらしのマストで、ひたすら探す。12時間何もないこともある。手足の感覚がなくなる。大砲の射程は45メートル。海上では目と鼻の先まで近づく必要がある。クジラと「イ」の字形に交差させる位置に船をつけないと、急所は狙えない。

 

発見しても急に近づくと逃げられる。潜られると見えない。いつ出てくるかわからない。浮上する方角や距離を予想して船を進める。

 

「とれるかとれないか、ゼロか百。他の魚と違ってクジラには、間というのがない。天と地なんです」

 

技量と度量は今もまだ、試されているのだ。

 

筆者:坂本英彰(産経新聞)

 

 

2022年4月7日産経ニュース【わたつみの国語り 第2部(3)】を転載しています

 

この記事の英文をWhaling Todayで読む

 

【わたつみの国語り】シリーズ
第1回:クジラは「資源」 捕鯨、工場制手工業の原点に
第2回:捕鯨は戦(いくさ)躍動する武の精神

 

 

 

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