「帝国の慰安婦」著者が語る運動の誤り 解決遠ざけた「歴史の司法化」
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日本軍による公的な慰安婦の強制連行などを否定的に論じた著書「帝国の慰安婦」の記述をめぐり、名誉毀損(きそん)罪に問われた韓国・世宗(セジョン)大の朴裕河(パク・ユハ)名誉教授に対する韓国最高裁の審理が事実上「放置」されたまま、2審判決から27日で5年を迎える。朴氏は産経新聞の取材に応じ、これまでの元慰安婦支援運動について「善意で始まったが、方法を間違えた」などと指摘した。
最高裁審理5年放置
「ここまで長引くとは、想像もしなかった」。文在寅(ムン・ジェイン)前政権発足後、歴史認識をめぐる対日世論が悪化する中で逆転有罪となった2017年10月の高裁判決から5年。上告審判決が先送りされている理由については「有罪と無罪、どちらの判決を出しても世論の批判にさらされる。内部では結論が出ていても、それを公に示せずにいるのではないか」と推測する。
著書「帝国の慰安婦」は、日本が慰安婦を動員した道義的責任を追及しつつ、法的責任を問う根拠はないと指摘。問題は法律違反でなく、近代国家が男性中心主義に偏り、女性を保護する法整備を軽視した点にあると訴えた。
支援団体側はこれに対し、「日本軍の責任に目をつぶる右翼の主張だ」と反発、刑事告訴に踏み切った。韓国メディアは「慰安婦を『売春婦』と表現した」などと報じ、自身への「親日派」バッシングが集中した。
「本の中身を誰も読まないし、読んだ人からも結論ありきで批判された」。今年8月には定年退職を迎えたが、名誉教授として今後も教壇に立つことが一部メディアで否定的に報じられるなど、世論の視線はいまなお冷ややかだ。
当事者の苦痛想像を
同書の発表から来年で10年。慰安婦運動はなお、日本政府に「法的賠償」を要求している。一方、「日本の右派は、10年で一気に韓国に冷たくなった」。両者の対立は深まるばかりだ。
長年の議論は、なぜ相互理解に結びつかなかったのか。朴氏は、争点を単純化して勝者を決めようとする「歴史の司法化」を原因に挙げる。
支援団体側は「損害賠償請求」を前面に掲げ、賠償の前提となる「日本軍による違法行為」の立証を重視した。そのため、当初想定していた公的な強制連行の実態がないことが研究の進展で明らかになった後も、強制連行を「広義の強制性」などと言い換え、主張を変えなかった。「論点を微妙にずらしたことで、右派との議論がかみ合わなくなった。卑怯(ひきょう)なやり方だった」
逆に、法的責任がないと強調する日本側に対しては「運動団体の主張の誤りを指摘する前に、当事者が経験した苦痛を想像してほしい」と訴える。「植民地支配を受けた末、日本語も分からない状態で戦地に連れていかれた慰安婦もいた。戦略に問題があったとはいえ、支援運動が本来訴えようとした女性差別などへの問題意識は、日本の多くの人々にも理解されうるものではないか」
今年夏に発表した新著では、いわゆる徴用工訴訟問題にも言及。日本で埋葬された遺骨の返還や慰霊碑設立など、協力事業を通じた交流の必要性を訴える。「慰安婦運動に比べれば、『法至上主義』には陥っていない」。共感を得る方法での解決に期待を寄せる。
司法手続きを通じた賠償は、「解決」ではなく「処理」に過ぎない。「受けた被害ばかり強調するのではなく、自国の被害を通して他国民の被害に想像力を働かせる。日韓両国で、そんな子供たちを育てる」。それこそが、本当の和解につながると信じている。
筆者:時吉達也(産経新聞ソウル支局)
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■「帝国の慰安婦」
韓国・世宗大の朴裕河教授(当時)が2013年に出版し、翌年日本語書き下ろし版も発表。慰安婦問題を帝国主義下での女性の人権侵害と定義する一方、女性らが日本軍と「同志的関係」にもあったなどと記述した。日本では石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞など複数の賞を受賞したが、韓国では「売春婦」などの記述で名誉を毀損(きそん)されたとして元慰安婦らが反発し、朴氏を刑事告訴した。韓国地裁は無罪判決を出したが、高裁が17年10月に逆転有罪を言い渡した。
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