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ラストラン迎えるオジュウチョウサン 練習嫌いの「問題児」が「絶対王者」になるまで

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中山グランドジャンプで走るオジュウチョウサン(石神深一騎手)=2017年4月15日、千葉・中山競馬場(撮影・塩浦孝明)

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競馬の障害レースで「絶対王者」と呼ばれる競走馬、オジュウチョウサンが年内で引退する。障害GⅠ9勝などの最多勝利記録を達成し、過去には名手・武豊騎手の騎乗で「有馬記念」に出走して話題を集めた。そんなスターホースだが、キャリアの序盤は成績が低迷し、骨折も経験するなど苦難に満ちていた。その後の華々しい活躍の陰には、馬の可能性を信じ、根気強く向き合った関係者のたゆまぬ努力があった。

 

 

全てが規格外、特別な馬

 

今年1月、千葉の和田牧場。調教を終えたオジュウチョウサンが、2人のスタッフに脇を固められ、ゆっくりと厩舎(きゅうしゃ)へ戻っていく。のどかな牧場にピリッと緊張感が漂った。

 

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「この馬だけ特別です。移動するときは必ず2人で。前よりはおとなしくなりましたが、動きの速さと力の強さがすごいんです」

 

オジュウチョウサンと和田正一郎調教師=1月11日、千葉県(本江希望撮影)

 

そう語ったのは、オジュウチョウサンを管理する和田正一郎調教師(48)。パワー、俊敏さ、心肺能力、性格も含め、「全てが規格外。次元を超えた馬」と評する。

 

障害競走は、コース中に設置された障害物を越えて速さを競う過酷なレースだ。例えばGⅠの中山大障害は、高さ1・6メートルの大竹柵や大生け垣のほか、水濠や深い谷を上り下りする坂路障害などを乗り越え、4100メートルのコースを走るタフな内容となっている。

 

オジュウチョウサンの父は、日本調教の日本産馬として初の海外GI勝利を果たしたステイゴールド。気性が荒く、6歳で重賞を初制覇した遅咲きの名馬としても知られる。その血を受け継いだオジュウチョウサンも、一筋縄ではいかなかった。

 

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小笠倫弘厩舎から2013年10月の新馬戦でデビューしたが、結果は11着。2戦目も8着と伸びあぐねた上、前脚を骨折してしまう。復帰時には3歳未勝利戦が終了しており、14年11月に障害競走にチャレンジしたが、最下位となった。崖っぷちともいえる状況で、同年12月にオジュウチョウサンを預かることになった和田調教師は、当時の印象を、「おなかがころんとした子供っぽい体形で、これから成長していく馬なんだろうなと感じた」と振り返る。

 

気の強さに加え、音や他馬に敏感に反応して暴れるなど、繊細な一面もあった。調教が嫌いで逃げようとすることがあり、走るときも手を抜いて、本気を出さなかった。

 

石神深一騎手=阪神競馬場(撮影・岩川晋也)

 

人馬一体の境地へ

 

問題児だったオジュウチョウサンだが、その素質を早くから見抜いていた1人が、主戦の石神深一騎手(40)だ。

 

「ダイヤの原石だと思った。ただ、能力を半分も出していなかった」

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出会いは14年秋。別の馬に乗っていた石神騎手は、調教練習を始めたオジュウチョウサンの様子を傍らで見ていた。「やんちゃでわがままだが、障害の飛越は上手で、走り出せば集中していた」。強い馬のオーラも感じたという。

 

和田正一郎厩舎への移籍後は善戦し、15年に連勝を果たした。石神騎手は同年6月の重賞、東京ジャンプステークスの騎乗依頼を受け、そこから二人三脚の日々が始まった。

 

「最初は、わがままをされっぱなしでした。フェイントをかけたり、しりっぱねをしてバランスを崩してから急ブレーキを踏んだり。乗り手を落とすのがうまいんです」

 

ほぼ毎日、時間をかけてオジュウチョウサンと向き合った。「プライドが高い馬でもあり、気持ちを尊重しながら、指示に従ったら褒める、悪さをしたらしかる、というのをずっと繰り返してきました」

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阪神スプリングジャンプを走るオジュウチョウサン(右)とアップトゥデイト(林満明騎手) =2017年3月11日、阪神競馬場(撮影・二星昭子)

 

転機となったのが16年3月のオープンレース。音に敏感なオジュウチョウサンは、競走などの際にメンコの耳当てを装着していたが、石神騎手の提案で外した。たずなやステッキに反応しなかったため、「チッチッ」と舌を鳴らす舌鼓や声で指示を出そうとした。そのもくろみがハマり、レースでも反応。そこから躍進が始まった。

 

単勝オッズ1・1倍という圧倒的な人気を集めることも多かったオジュウチョウサンは、ファンの大きな期待を背負って数々の死闘を繰り広げてきた。17年の中山大障害では、大逃げしたアップトゥデイトを鮮やかにとらえた。19年の中山グランドジャンプ(GⅠ)では、ライバル馬たちに包囲網を敷かれるタフなレースを勝ち切った。

 

「あれだけプレッシャーをかけ続けられると、萎えてしまう馬が多いが、最後まで、負けないぞという強い気持ちが馬から伝わってきた」と、石神騎手は強靱な精神力をたたえる。

 

オジュウチョウサンとの関係を「親友」と表現する石神騎手。「昔は触ると嫌がって体を硬くしていたが、今は緊張がほぐれる感じがあるんです」とうれしそうに話す。

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今年11歳になったオジュウチョウサンは、4月の中山グランドジャンプ(GⅠ)で勝利。日本馬史上最年長の重賞制覇を果たし、自身が持つJ・GⅠ最多勝記録を9に伸ばした。「オジュウも僕の動きや合図を分かってくれるようになった。こんなにうれしいことはない」。石神騎手はレース後、7年間かけてたどり着いた人馬一体の境地に、万感の思いを語った。

 

中山グランドジャンプで日本調教馬初の11歳でJRA重賞制覇、J・GⅠ通算9勝目を達成したオジュウチョウサン=4月16日、中山競馬場

 

引退レース「カッコいい姿を」

 

数々の偉業を成し遂げ、「生ける伝説」と呼ばれるオジュウチョウサンだが、10月に行われた東京ハイジャンプ(G2)では9着に大敗し、12月24日に行われる中山大障害で引退することが発表された。

 

ラストランに向けて、石神騎手は、「カッコいいオジュウを一番近くで見てきたので、またカッコいい姿を見せたい気持ちもあるし、無事にという気持ちも強い」と心境を明かす。和田調教師は、「ずっとたくさんの人に応援していただいた。最高の状態で競馬に向かい、無事戻ってくるところをお見せしたい」と語った。

 

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筆者:本江希望(産経新聞)

 

 

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