【主張】井上尚弥の快挙 本物の興奮を伝えるには
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プロボクシングの井上尚弥が主要4団体の世界バンタム級王座を統一した。全階級を通じて9人目、アジア選手では初の快挙だった。
WBA、WBC、IBF統一王者の井上はWBO王者のポール・バトラー(英国)を11回KOで下した。3人のジャッジが10回まで全て井上の優位と採点する完勝だった。29歳の井上は来年は階級を上げ、4階級制覇を目指す。
米国の老舗専門誌「リング」が選定する全階級を通じた最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド」でも、ヘビー級のオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)に奪われた1位に返り咲くことが見込まれる。日本が生んだ至宝の到達点は、さらなる高みにある。
井上の偉業の意義は王座の乱立で損ねたベルトの価値を崇高に蘇(よみがえ)らせたことだ。本物の興奮は、作られた戦いには生み出せない。
少し寂しく思うのは、この一戦が地上波でも衛星放送でも見られなかったことだ。試合を中継した動画配信サービス「dTV」は試合開始前に急遽(きゅうきょ)「無料開放」を決めたが、どれほどのファンがその事実を知ることができたろう。
4月の村田諒太対ゲンナジー・ゴロフキンの激闘もテレビ中継はなかった。サッカーのワールドカップ(W杯)アジア最終予選でも日本代表のアウェー戦は動画配信サービスの視聴に限られた。
W杯本戦は地上波放送とともに「ABEMA」が全試合を無料で配信したが、次の大会ではどうなるか分からない。
豊富な資金力を持つ動画配信サービスの参入で放映権料は高騰を続けており、テレビ各局は手を出しにくくなっている。W杯やオリンピックがテレビでは見られない日が近いのかもしれない。
市場原理からいえば文句はいえず、高額の放映権料は選手の強化にも充てられる。だが、それでいいのか。有料放送は幅広い視聴を妨げることにならないか。
例えば英国では1996年の改正放送法で、国民の関心が高く重要な大会は貧富の差にかかわらず誰もが無料で視聴できる「ユニバーサル・アクセス権」を定め、保護対象を指定している。井上や米大リーグの大谷翔平の活躍、W杯の躍動、五輪メダリストらの感動は、いつまでも広く子供たちの目に触れさせてあげたい。日本でも議論が必要ではないか。
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2022年12月15日付産経新聞【主張】で転載していま沙うす
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