[習近平の五輪を問う]「大義」欠いた日本の対応 石平氏
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中国の習近平政権が実現させた北京冬季五輪に世界と日本はどう向き合うべきか。中国共産党体制を舌鋒鋭く批判してきた評論家、石平氏に聞いた。
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-北京五輪で特に注目している点は
中国は人権問題で世界中の反発を受け、国際的に孤立している。その中国にとって北京五輪は、われわれ自由世界からの批判に反撃する契機となるだろう。五輪開催によって人権抑圧に対する非難をかわすことができるからだ。
国内においては、習近平共産党総書記(国家主席)は今年秋の党大会で続投を目指しており、自身の求心力を高める機会になる。内政と対外関係の両面で、習近平政権は北京五輪を政治的な目的に使っている。
中国がウイグル人たちのジェノサイド(民族大量虐殺)を進行中なのに、北京でオリンピックを開催させること自体が、人権に対する冒涜(ぼうとく)であり、ウイグル人たちを窮地に追い込むことになる。せめて自由世界の各国が外交的にボイコットしなければ、人権抑圧を容認するという間違ったメッセージを送ってしまう。
-日本は政府関係者の派遣を見送ったが「外交的ボイコット」という表現はしなかった
米英豪加が人権問題を理由に外交的ボイコットを明確にした中で、日本は中国に配慮して外交的ボイコットを明言しなかった。中国包囲網をつぶすための突破口が日本にあるということであり、中国は歓迎している。
中国には昔から成功してきた経験則がある。1989年の天安門事件で共産党政権は若者たちに死の鎮圧を行ったが、日本政府は西側先進国の中で率先して中国に対する経済制裁を解除した。岸田文雄首相と同じ宏池会出身の宮沢喜一内閣は天皇陛下を訪中させた。しかし中国が国際社会に復帰した後、真っ先に始めたのが反日教育だった。岸田首相は同じ轍(てつ)を踏んでいるとしか思えない。
-政府関係者を派遣しない決定は米国と足並みをそろえたといえないか
何のために政府関係者を派遣しないのかという大義名分を日本政府が明らかにしないと全く意味はない。中国政府が気にしているのは政府要員が来るかどうかではなく、世界各国が中国の人権問題に対して批判する立場をとるかどうかだ。日本政府の大義名分を出さないやり方は姑息(こそく)で、中国のダメージにもならない。
岸田政権に一番欠けているのは大義名分、理想理念がどこにあるかということだ。中国の人権抑圧を許さない姿勢を明確にできず、一番大事なアメリカとの同盟関係に亀裂をつくってしまうのは愚かだ。
-2008年の夏季五輪開催で中国は自信をつけ、低姿勢に徹する外交路線「韜光養晦(とうこうようかい)」を捨てるきっかけにもなった。冬季五輪後に中国はどう変わる
習近平政権が国際社会の批判を封じ込め、北京五輪を成功できたら、ウイグル人たちに対する人権抑圧はより一層厳しくなるだろう。また今年秋の党大会で習近平氏の3期目以降の続投が決まれば、台湾に対して冒険的な戦争を行う可能性が高まる。ナチスドイツによるポーランド侵攻を許したのと同様の、歴史の悲劇が繰り返される恐れがある。
中国国内で「習ボイコット」の動き
-今年秋に開かれる共産党大会で注目しているポイントは
3つある。一つは習氏が首尾よく続投できるかどうか。次に、習氏が続投したとしても後継者が浮上するかどうか。浮上しなければ彼は政権をずっと続けていくだろう。3つ目は、習政権の毛沢東路線への後退を批判する改革派が、ある程度の勢力を持つことができるかどうかだ。
最近、共産党中央党校の機関紙である学習時報が、抜擢(ばってき)を拒否する党幹部は許さないという文章を載せた。普通、官僚は抜擢されることを目標にする。しかし共産党幹部はいま、出世を望んでいない。抜擢されたとしても賄賂はもらえないが、責任は重大になるからだ。いつでも習氏の命令ひとつで失脚してしまう。
幹部が出世を望まず、仕事をしない。これは政権のレームダック化だ。こうした抵抗が広がると、習氏が権力基盤として軍と武装警察を握っていても、どうにもならない。ただ何もしない人々を鎮圧することはできないのだから。こうした慢性的な〝習近平ボイコット〟が現実に起きている。
日本やその同盟国が、習近平政権のいかなる暴走も許さないという姿勢を示さなければ、習政権が国内の混乱を乗り越えるために対外的に暴走する危険が高まる。逆に西側がきちんと対応すれば、共産党内の改革派の勢いをつけることになる。
-長期的にみると、中国は今後民主化する可能性があると思うか
甘い期待はしないほうがいい。むしろ可能性が高まっているのは、中国がますます覇権主義的な傾向を強めて、世界にとっての脅威になることだ。
米国も日本も欧州連合(EU)も、中国に関与して経済成長を応援すれば中産階級が増えて、穏やかな国になると期待したが、完全に期待外れになった。米国は中国の体制を変えることはもう諦めており、中国に対抗する以外ないというのが基本認識だ。その中で日本が、どちらにいくか迷っていたら、結果的に中国に対する包囲網を崩してしまうことになる。
聞き手:西見由章(産経新聞)
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■石平(せき・へい)
1962年、中国四川省生まれ。北京大哲学部卒。88年来日し、神戸大大学院文化学研究科博士課程修了。2007(平成19)年に日本国籍を取得。奈良市在住。
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2022年1月21日付産経新聞【習近平の五輪を問う】を転載しています
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