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予想はしていたが、あまりにひどい。
東京電力福島第1原子力発電所のトリチウムを含む処理水の海洋放出を日本政府が決定したことへの韓国と中国からの非難の政治声明である。
韓国政府は「周辺国の安全と海洋環境に危険を招くだけでなく」などとした上で「絶対に容認できない」との見解を表明した。
中国外務省は「極めて無責任なやり方で、周辺国の国民の利益を深刻に損なう」と太平洋への処理水放出計画を難詰した。
だが、待ってほしい。海に流すのは炉心溶融事故で生じた放射能汚染水ではないのだから、両国の批判は全くもって的外れだ。
福島第1原発からの放出は、汚染水を浄化設備を通してストロンチウムやセシウムをはじめとする放射性物質の大部分を除去した後に残るトリチウム水である。
トリチウムは原子核に2個の中性子を余分に持つが、れっきとした水素原子の一種なのだ。水分子そのものに含まれるため、浄化設備でもトリチウムは回収できず、普通の水と一緒に残る。
トリチウムは放射性元素だが、その放射線は極めて微弱で生体内での濃縮リスクも低い。
トリチウムは原発の運転で生じるとともに、自然界でも生まれている。世界各国の原発などからも海や河川や大気中に放出されている。一定の濃度を下回っていれば、人体や生態系への影響を心配する必要がないからだ。
当然、韓国と中国の原発もトリチウムを環境中に放出している。韓国の月城原発からの放出量は2016年に143兆ベクレルだった。液体分は日本海に流されている。
福島第1原発に保管中のトリチウムの総量は約860兆ベクレルだが、日本政府の計画では、年22兆ベクレル以下での放出だ。その上、太平洋側なので、中韓にとやかく言われる筋合いはないだろう。米国も国際原子力機関(IAEA)も今回の放出決定に肯定的である。
そもそも風評被害とは実害のない事物や事象に対する負の噂によって生じる差別や経済的損失である。処理水の放出にまつわる風評もトリチウムの無害性を理解していて成り立つ論理なので、その蔓延(まんえん)は不可解極まる風潮だ。
国内での風評認定も度を越すと韓国や中国の論難と一線を画しがたくなる。良識として、そのことを忘れないでもらいたい。
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2021年4月17日付産経新聞【主張】を転載しています