フィリピン政府が、国内での米軍の法的地位を定めた「訪問米軍地位協定」の破棄を米側に通告した。ドゥテルテ大統領の指示である。
失効すれば米比の同盟関係が弱まる可能性がある。反米的な言動で知られるドゥテルテ氏だが、あまりに軽率だ。直ちに撤回してもらいたい。
中国は、フィリピンなどと領有権を争う南シナ海について、法的根拠もなく大半の主権を主張し、軍事拠点化を進めている。
海洋拡大を食い止めるため、強固な米比同盟が欠かせない。両国は頻繁に合同軍事演習を実施し、中国を牽制(けんせい)してきた。
重要なのは、「航行の自由」や「法の支配」を掲げる米国や日本などと、フィリピンなど東南アジア諸国連合(ASEAN)の沿岸国による連携、結束である。
日本は、海上自衛隊が米比合同演習などに参加し、フィリピン、ベトナムに対しては、海上警備能力の向上支援を実施している。
ドゥテルテ氏の軽挙は、米比同盟のみならず、南シナ海をめぐる対中連携をも揺るがす恐れがある。そうした認識はあるのか。
破棄通告は、側近の上院議員に対し、米国がビザ発給を拒否したことがきっかけだった。警察トップとして強硬な麻薬犯罪撲滅作戦を指揮した人物である。
ドゥテルテ政権の麻薬犯罪撲滅作戦では、容疑者多数が当局により殺害され、欧米諸国を中心に人権侵害との批判が強い。
問題なのは、ドゥテルテ氏が批判に耳を貸さず、欧米への反発から、人権状況に口出ししない中国にすり寄りつつあることだ。
強権や人権弾圧で欧米の批判を受ける国に経済援助を手に近づき、影響下に置くのは中国の常套(じょうとう)手段である。ASEANでは親中派のカンボジアがその典型だが、フィリピンの立場は特別だ。
ハーグの仲裁裁判所は南シナ海での中国の主張を退けた。勝訴した当事国がフィリピンであることを忘れてはならない。
裁定は中国の海洋拡大をやめさせる大きな拠(よ)り所であり、フィリピンは本来、先頭に立って中国の非を鳴らすべきだ。裁定が中国から経済援助を引き出すカードであってよいはずがない。
目先の利益に飛びつき、南シナ海の不当な支配を許してよいのか。対中連携を再確認する形で、破棄撤回を決断すべきだ。
2020年2月17日付産経新聞【主張】を転載しています