~~
潰走(かいそう)に近い状態となった米軍のアフガニスタン撤退は、まさに制服組トップのミリー統合参謀本部議長が総括する通り「戦略的失敗」であった。追い打ちをかけるように、住宅地に撃ち込んだミサイルが、爆弾を積んだテロリストではなく、水タンクを積んだ米軍協力者を殺害する悲惨な誤爆事件も生まれた。
米の信頼性堕ち「基軸」は
バイデン米大統領が効果的にテロに対処できると豪語した海上からの「水平線越え」作戦は、地上の情報網が失われ、専ら上空情報に頼る状態では、極めて危険であることが実証された。
「日米同盟はわが国の外交安全保障の基軸」。岸田文雄政権においても変わらない日本政府の基本的立場である。しかしバイデン政権下、この「基軸」はかなり揺らいだ。「米国の信頼性が地に堕(お)ちた」という野党共和党の論難を単なる政治的発言と片付けるわけにはいかない。
トランプ氏退陣後の今春以降、武装勢力タリバンはアフガン政府軍に対する攻勢を強めていた。
しかしバイデン氏は、8月末までの米軍完全撤退という「政治的期限」に固執した。米軍幹部はもとよりNATO(北大西洋条約機構)軍の枠組みで派兵していた欧州同盟諸国からも期限延長を求める声が繰り返し上がったが、バイデン氏は聞かなかった。「永続戦争」に幕を引いた偉大な大統領として9月11日の中枢同時テロ20年演説に臨みたかったのである。
重大な岐路は戦略拠点バグラム空軍基地の放棄だった(7月2日)。タリバンの足音が迫る中、米軍部隊が去ったため、軍用機の整備を請け負っていた民間技術者たちも次々現地を離れた。航空優勢はアフガン政府軍の大きな武器だっただけに、バグラムの機能停止は大きな痛手となった。
戦う意志のない者は助けようがないというバイデン氏のアフガン政府批判は、一般論としては日本が拳々服膺(けんけんふくよう)すべきものだが、「戦えない状況に追い込んだのはバイデンではないか」との反批判にも一定の根拠はある。
対米追随の選択肢失う
バイデン氏は「米参謀部が、バグラムはそれほど価値がない、首都カブールに兵力を集中させた方が賢明との結論を出した。私はその進言に従った」と責任を軍に転嫁する。一方、ミリー氏は「駐留軍の規模(トランプ政権末期で2500人)を650人程度まで減らし、大使館警護に最優先で当たれとの指示が大統領から出た以上、バグラムは放棄以外なかった。反対したが容(い)れられなかった」と弁明する。
政軍トップが責任を押し付け合うこうした状況に共和党側は、バイデン氏、ミリー氏に加え、調整役を果たせなかったオースティン国防長官、サリバン安保補佐官の即時辞任を求めるなど追及を強めている。軍の内部からも「オースティン、ミリー両氏は、辞表を叩(たた)きつけてでも大統領に諫言(かんげん)すべきだった」と憤懣(ふんまん)の声が上がった。
つい存在を忘れていたが、ハリス副大統領に至っては「逃げ隠れ以外能がない」と進歩派メディアも揶揄(やゆ)するほどで、今や論外扱いである。要するに現在の米国は、外交安保政策に関する限り、政治のトップ2および軍事のトップ2が、揃(そろ)って求心力を失った状態にある。日本にとって、対米追随というオプションは最早(もはや)ない。
一方、米国製の高性能兵器が大量に残置されたアフガニスタンはテロ勢力の巣窟と化しつつある。著しく権威を失墜させたバイデン氏にとって最重要課題は、テロ攻撃が再び米本土を襲う事態を何としても防ぐことにある。
「蚊帳の外」招かぬ情報力を
テロ勢力同士の関係は複雑で、不可解な野合も珍しくない。スンニ派過激組織アルカーイダとシーア派の盟主イランは本来相容(あいい)れないはずだが、かつてビンラーディンが米軍の空爆を逃れて居場所を転々とする間、彼の妻子を匿(かくま)ったのはイランだった。対米交渉カードとして適当なタイミングで米側に差し出す腹だったともいわれるが、結局、ビンラーディンがパキスタン領内に隠れ家を得た時点で出国させ、家族合流を許した。
CIAがアフガン国内に築いた情報網が瓦解(がかい)した今、米国はテロ情報を、隣接し、かつ大使館を保持する中国、ロシア、パキスタン、イランなど「怪しい国々」に頼る度合いが大きくなろう。これら諸国が無償で情報を渡すはずもなく、当然、制裁緩和などの見返りを要求しよう。
国防総省顧問などを歴任し、かつてアフガンゲリラ支援に当たったピルズベリー氏は、「対ソ秘密戦を契機に米中は水面下で盟友関係に入った。日本には何も知らせなかった。日本は秘密作戦を行わないが、米国と中国は行うし、そのための機関を持っている。そこに、米中ならではの深い協力関係が生まれた」と述懐している。
情報戦、秘密戦に臨む能力を格段に高めなければ、日本は常に蚊帳(かや)の外に置かれ、いつか「米中密約」の事実を突きつけられて愕然(がくぜん)とすることになろう。
筆者:島田洋一(福井県立大学教授)
◇
2021年10月7日付産経新聞【正論】を転載しています