海外で近年、日本の竹工芸が熱い。工芸品や日用の道具といった日本での一般的イメージを超えて、「アート」として高く評価されているのだ。欧米を中心に充実したコレクションを築く収集家が増え、海外に活路を見出し活躍する作家もいるが、日本国内でこうした人気ぶりはあまり知られていない。竹工芸の何がそれほど、世界の人々を魅了しているのだろうか。
コレクターの増加
東京国立近代美術館工芸館(東京都千代田区)で開催中の「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」。米ニューヨークの美の殿堂、メトロポリタン美術館(MET)で2017~18年に開かれ、約47万人を動員し話題となった竹工芸展の“里帰り展”だ。NY在住の美術コレクター、ダイアン&アーサー・アビー夫妻が長年集めた竹工芸コレクションが20年にMETに寄贈されるのを前に、厳選の75件を日本で初公開している。
同展監修者でMETのアジア美術部学芸員、モニカ・ビンチクさんによると、米国でのブームのきっかけは1990年代末、西海岸のコレクター、故ロイド・コッツェン氏の見事な竹工芸コレクションを紹介したNYでの展覧会という。アビー夫妻もこの展覧会ですっかり竹工芸作品の造形美や優雅さに魅了され、収集を開始。何度も来日し作家と親交して作品を求めるとともに、明治期の名工らの作品も購入、竹工芸の近現代史をたどれるコレクションを形成していった。
来年アビー夫妻のコレクションが加わるMET、コッツェン氏の約900件に及ぶコレクションを所蔵するサンフランシスコのアジア美術館、そしてボストン美術館など、米国の主要ミュージアムが今では竹工芸の優品を数多く収蔵し、「とりわけ現代作家の作品は、日本より欧米の美術館の方が充実しているのでは」とビンチクさんは話す。そして、日本人との感覚の違いをこう指摘する。
「アメリカ人は竹工芸の煎茶(せんちゃ)道具などを見ても、用途や使い方はわからない。単純にかたちが美しいとか、編み方がきれいだとかバランスがいいとか、道具ではなくアートとして捉えている。そこが日本人と大きく違う」。アビー夫妻も自宅では、ピカソの絵画やジャコメッティの彫刻などとともに竹籠(たけかご)を置くなど、自由に楽しんでいるそうだ。ちなみにビンチクさんによると、竹そのものはアジアに広く自生するものの「美術の域まで高めたのは日本の竹工芸だけ」と認識されているという。
海外に活路求めて
竹工芸への関心は欧米にとどまらない。
トルコ北西部の地方都市、エスキシェヒルに今月オープンした「オドゥンパザル近代美術館(OMM)」。日本を代表する建築家、隈研吾氏が建築を手掛けたことでも話題だが、トルコ作家を軸に世界の近現代アートを紹介する開館記念展の中で、最も注目を集めているのが日本の竹工芸作家、四代田辺竹雲斎氏(46)による巨大インスタレーション作品だ。
珍しい虎竹のひご1万本を編み込み、弟子4人とともに2週間ほど現地滞在して制作したもので、自然のエネルギーを可視化するようなダイナミックで有機的なかたちが見る者を圧倒する。歴史あるエスキシェヒルの街の再生と、竹工芸の未来を重ね合わせ、伝統の継承と新しい可能性を表現した作品だという。
大阪府堺市を拠点に竹工芸の伝統を受け継ぐ家系に生まれた田辺氏は、東京芸術大学で彫刻を学んだ後、父に師事。近年では先述のMETの竹工芸展をはじめ、フランスやブラジルなどこれまで世界の21カ所で竹の大型インスタレーションを展開してきた。「展示期間が終われば解体して竹ひごに戻し、また次の場所に運んで再利用する。循環型の自然素材です」と田辺氏は説明する。
海外で竹のアートが脚光を浴びる理由については「竹というアジアらしい素材、そして日本の工芸の高い技術力」と分析。「また日本には古来、地鎮祭で竹を立てたり正月に門松を飾ったりと、竹の文化が息づいている。竹を通して日本人の哲学を伝えられるのも魅力ではないでしょうか」
国内空洞化の危機
しかし国内に目を転じると、竹工芸をめぐる状況は厳しい。「作家も55歳以上は層が厚いですが、後継世代が育っていない。しかも国内市場に向けて、われわれが作れるものがない」
まず竹の日用品は安価なプラスチック製品へと代わり、茶道や華道をたしなむ若い世代も少なくなったことで、高価な花籠や茶道具なども売れない。「私はアートとしての竹工芸を世界各地で発表し、国際的な美術マーケットに出る道を見つけた。でもそれだけでは国内の竹文化が空洞化し、良いものはみな海外に流出してしまうことになる」と田辺氏は危機感を口にする。このほど田辺氏らは東京国立近代美術館工芸館の展覧会に合わせて、都内を中心に22施設で竹工芸品を紹介する「東京竹芸術祭2019」を展開するなど、国内で竹の「再発見」につながる活動にも力を入れているという。
ビンチクさんもアビー・コレクションを日本で公開する意義をこう強調する。「まず、日本の産地の作家を勇気づけたい。そして日本の若い方々にも広く見てもらい、竹の素晴らしさに出会う機会となればと願ってやみません」
筆者:黒沢綾子(産経新聞文化部)
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「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」は12月8日まで。その後、大阪市立東洋陶磁美術館に巡回予定。