中国の富裕層が、日本の観光地にある旅館を買収しようとする動きを活発化させている。新型コロナウイルスの感染拡大で客足が途絶えた旅館を割安な価格で手に入れる狙いだ。渡航制限で訪日できないため、日本の代理人を通じた“オンライン視察”で物件の確認に余念がない。香港への国家安全法導入など、習近平政権の強硬姿勢を背景に、資産を保全したい考えも背景にあるとみられる。
スマホで撮影…資産家とテレビ電話
6月2日、神奈川県箱根町から中国本土にいる資産家に物件の情報を送るオンライン視察に同行取材した。日本人の代理人はスマートフォンを手に、中国人の資産家とテレビ電話をつないだ。資産家が流暢な日本語で「今は営業しているの」と尋ねると、代理人は「休館中です」などと説明。スマホのカメラで旅館周辺に広がる緑豊かな景色や客室、大浴場、調理場などを順に動画で撮影し、質問に答えながら様子を伝えた。価格は3億8千万円ほどだという。
旅館の運営会社によると、新型コロナの蔓延(まんえん)で客室稼働率は昨年の同時期より9割低下した。また昨秋の台風19号による土砂災害で客足が遠のき、採算が合わず売却先を探し始めたという。売却が決まれば資金繰りは一息つけるが、同社の担当者は、「売却で保有旅館の規模は縮小する。手放しでは喜べない」と複雑な表情を浮かべた。
富士山周辺人気…資産、日本に逃避?
世界で最初に新型コロナの感染が拡大し、経済活動の再開も早かった中国の資産家は、価格が低下している日本や欧米の資産に目をつけている。ホテルや旅館の売買仲介事業などを行うホテル旅館経営研究所によると、特に箱根や伊豆、熱海、富士山周辺に立地する和風旅館が人気だという。旅館を営業する許認可や、企業の代表者が取得できるビザ(査証)の獲得にもつながるのも買収のメリットだ。
混乱が続く香港情勢を受け、人民元や香港ドル建て資産の急落を危惧し、こうした資産を日本に逃避させる動機もあるようだ。同研究所によると、中国の富裕層による日本の旅館買収の動きが活発化したのは香港の抗議デモが深刻化していた昨年夏頃から。今年5月に香港への国家安全法導入が決まると、代理人による現地視察の要請が相次いだという。
資産家らは日本入国の制限緩和を見据え、訪日予定を組んで、旅館買収の決済に向けた段取りを進めている。同研究所の辻右資所長は「日本では政府に資産が没収される不安もなく、資金の逃避先として好まれている」と指摘する。
中国など外国資本による日本の土地買収をめぐってはこれまで安全保障面での懸念が指摘されてきた。しかし、安保やインテリジェンス、近現代史を専門とする評論家、江崎道朗氏は「安保上の投資に関する規制が仮にできたとしても、対象は自衛隊や米軍の基地周辺や水源地に限られるだろう。一般旅館の売買を規制するのは難しい」との見解を示した。
筆者:岡田美月