ミュンヘンの空港に到着し、歓迎を受ける岸田文雄首相
=6月26日(AP)
~~
欧州では最近、日本への関心がびっくりするほど高い。ロシアのウクライナ侵攻で、欧州でも「台湾有事への対応」が真剣に論じられるようになったからだ。
先日、仏外交シンクタンクが開いた討論会をのぞくと、アジア研究者や国防関係者が「台湾海峡が封鎖されたら、日米同盟はどう動くか」「日欧にできる連携とは」を語り合っていた。
岸田文雄首相は、防衛費の「相当な増額」を表明した。少し前なら、欧州メディアは「東アジアの緊張を高める」と一斉に書き立てただろう。今は、警戒論が全く聞こえてこない。
AFP通信のピエール=アントワーヌ・ドネ元主筆に話を聞いた。北京、東京特派員を歴任した「知日派」の重鎮だ。パリの左派知識人が集うカフェで落ち合った。彼は「米国がウクライナのように台湾を軍事支援すれば、米軍基地のある沖縄が中国の標的になりかねない。日本が備えるのは当然だ」と話した。
ビールのグラスを傾け、「確かに数年前なら、こんなことは言わなかったよ。だが、今度の戦争で中国とロシアの脅威は結びつき、世界は変わった」と笑った。「国内総生産(GDP)比2%」への増額も、すでに欧州では標準値だから「抵抗はない」という。
こんな視点の背景には、ドイツの変化がある。ウクライナ侵攻後、国防費をGDPの2%にすると決め、軍備増強に動いた。
ドイツは第二次大戦後、平和主義を掲げ、「ナチスへの反省」から軍拡をタブー視した。それが、ウクライナ侵攻で「軍事支援が不十分」と批判されるようになった。かつてナチスの占領に苦しんだポーランドやバルト三国が、その急先鋒(せんぽう)だ。ドイツは戦後、安全保障を米軍にどっかり頼ってきた点でも、日本と似ている。
仏誌ルポワンは、ウクライナ侵攻による世界の変化は「日独という敗戦国の再武装」に象徴されると論じた。日独が国防費をGDP比2%にすれば、日本は米中に次いで3位、ドイツは4位の規模になり、世界の軍事地図を変える。
それでも、同誌は「案じることは全くない。中国や北朝鮮が地域を火薬庫に変える中、強い日本はアジア安定につながる」と記した。警戒論は、かけらもない。
日独の民主主義、平和主義は戦後70年以上を経て評価が定着し、信用が根付いた。中露や北朝鮮の脅威が世界で台頭する今、欧州では「安保に貢献してほしい」という期待の方がはるかに強い。
岸田首相は今月末の訪欧で、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席する。会議には日韓、オーストラリア、ニュージーランドのアジア太平洋4カ国首脳が初めて出席し、NATOが中露という強権国家にどう立ち向かうか、が話し合われる。日本のNATO会議出席は今後、常態化するだろう。
岸田首相は今月10日、アジア安全保障会議(シャングリラ対話)での基調講演で、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と述べた。地域の危機を訴えながら、中国を一度も名指ししなかったのが印象に残った。日本は米国の忠実な同盟国でも、米国の対中強硬論とは距離を置き、自分から摩擦を起こさない。
西欧では、米中対立に巻き込まれることへの懸念が強い。対決を避ける日本流外交が、共感を集める理由でもある。
筆者:三井美奈(産経新聞パリ支局長)
◇
2022年6月24日付産経新聞【緯度経度】を転載しています
この記事の英文記事を読む