Enoshima Aquarium’s Proud Mission: Educating People, Preserving Dolphins

 

 

弊社は現在、3つの水族館の企画・運営業務に従事し、設立67年を迎える。時代の変 遷に伴い、かけがえのない地球環境をめぐる人々の意識がより一層高まる中、環境やつ ながる命の大切さを体感できる、エデュテインメント(エデュケーションとエンターテ インメントを組み合わせた合成語)型施設として、新しい水族館像を提示することが弊 社の使命である。

 

その中核となる新江ノ島水族館は、2004年に神奈川県立湘南海岸公園内に、PFI (Private Financial Initiative~民間資金を活用した社会資本整備)の手法を用いて設立 された民間運営の水族館である。その歴史を振り返ってみると、1877年、動物学者であるエドワード・シルベスター・モース博士(アメリカ・ハーバード大学教授)が、江の 島を囲む相模湾が海洋生物の宝庫であることを聞き、はるばる日本へやってきて江の島 に研究所を設立したことに遡る。

 

この研究所が日本で初となる臨海実験所とされ、江の島は我が国の海洋生物学発祥の 地となった。この発祥の地である江の島において、江の島水族館が 1954年に設立され た。現在の新江ノ島水族館の前身である。江の島水族館は、設立当初より日本初となる躯体式ならびに濾過循環形式の展示水槽 を施したことから、当時日本の水族館の歴史において「近代的水族館第一号」と称され、海洋生物の研究成果ならびに学びを発信する施設として多くのお客様が訪れること になった。当館の初代館長である雨宮育作は、モース博士直系の弟子であった。

 

その後、1957年には、マリンランドを併設。鯨類の行動展示を開始し、その能力を紹 介する日本初の本格的なショーを開催した。これが、現在に至るまでの当館における鯨 類展示の起源である。当時、鯨類については、静岡県の伊豆・富戸漁港にて漁師によってバンドウイルカやハナゴンドウが捕獲され、陸送にて伊豆から箱根の山を越えて、江の島まで運搬し、マリンランドのプールへ搬入した。つまり、富戸漁港の漁師達との関係性から我が江の島水族館の鯨類展示が始まったのである。以来、現在に至るまで60余年に亘り、鯨類展示は我が水族館にとっては欠かせないものとなり、イルカたちは常に ご来場されるお客様方に愛され続けてきた。

 

日本は、四方を海で囲まれており、とても海に親しみを持つ国民性から、国土面積に対する水族館の数は諸外国に比べて多く、現在約100施設ほどの水族館が存在する中で、その内約40施設においてバンドウイルカやカマイルカ、オキゴンドウ、スナメリ等 の鯨類を展示飼育している。それらの施設の鯨類展示は、いずれも鯨類を捕獲する漁師 との良好な関係性が起源となっているのである。

 

日本の水族館の殆どの施設が、公益社団法人 日本動物園水族館協会(Japanese Association of Zoos and Aquariums=JAZA)へ動物園と共に加盟している。これに対し、世界では、世界動物園水族館協会(WorldAssociation of Zoos and Aquariums=WAZA)が存在し、JAZA は WAZA に加盟し、WAZA の一会員でもある。

 

2015年4月、WAZAからJAZAに対し、「追い込み漁により捕獲したイルカを水族館 が取得していることは WAZAの規範に反する」との通告があり、JAZAはWAZAより会員資格の除名勧告を受けることになった。

 

JAZAは、このWAZAによる理不尽な要求に屈することとなり、2015年6月、「追い込み漁により捕獲された鯨類をJAZA会員が入手することを禁止する」との採択をした。これにより、JAZAに加盟する水族館は漁師による自然海からの鯨類の入手ができなくなったのである。

 

この採択を受け、新江ノ島水族館は、自らの判断のもと、2017年3月末をもってJAZAを退会した。その理由は、自然海からのイルカの入手をすぐにでも必要としていた というわけではない。国(水産庁)、漁師、水族館の「三位一体の関係性」を維持することが鯨類を飼育する水族館の本質であると捉えたためである。

 

この三位一体の関係性は、JAZAがWAZAの会員となった時点よりも更に以前から構築されてきた関係性で、これまで連綿と築き上げてきた相互の信頼関係のもと、我々の鯨類展示というものが成立してきた経緯と歴史がある。水族館は、生物を預かる立場から、その使命として「種の保存」が掲げられるが、一方で、国(水産庁)が示す科学的な根拠に基づく「海洋生物資源の持続可能な利用」の一翼を担う施設として、大きな期待を込められてもいる。

 

先にも述べたが、かつて我々は自然海から鯨類を捕獲する漁師の存在がなければ、水族館として鯨類を展示することができなかった。その起源があるからこそ、この三位一体の関係性を自ら崩してはならないという強い決意により、我々はやむなくJAZAを退 会したのである。

 

もちろん「種の保存」というもう一方の本質にも軸足を置き、あらゆる技術を投じて 繁殖研究に注力してきた。その査証として、江の島水族館では、1959年に日本で初めて バンドウイルカの飼育下繁殖に成功した他、1988年には日本初となる飼育下三世のバンドウイルカの繁殖、2000年には世界初となる飼育下四世のバンドウイルカの繁殖に成功 している。この繁殖研究への注力は更に奏功し、新江ノ島水族館になってからは、2012年に世界初となる飼育下五世のバンドウイルカの繁殖に成功している。このように、自らの環境のもとに生物の命の継承、すなわち「種の保存」にも当然ながら最大限
の力を注いでいる。

 

つまりは、繁殖に関する研究の推進と、三位一体の関係性の継続をバランス良く継承 していくことが水族館として最も肝要であり、これこそが現在における我が水族館が究める本質であると考える次第である。

 

著者:堀一久(江ノ島マリンコーポレーション社長)

 

略歴:1966年4月、東京生まれ。大学卒業後、住友信託銀行にて 13年間勤務。2002年に旧・江の島水族館へ。2004年4月に旧・江の島水族館を再整備して「新江ノ島水族館」をオープン、 また新江ノ島水族館に併設した「神奈川県なぎさの体験学習館」も運営、 同年6月に岐阜県各務原市に「世界淡水魚園水族館 アクア・トトぎふ」をオープン。2014年3月、神奈川県相模原市に「相模川ふれあい科学館 アクアリウムさがみはら」をリニューアルオープンさせた。

 

 

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