石炭に対する批判が高まっている。温暖化によって地球規模で異常気象が頻発する中で、燃焼の際に、その原因とされる二酸化炭素(CO2)を大量に排出する石炭に対する逆風は強まる一方だ。環境技術で世界をリードしてきたにもかかわらず、石炭火力発電を主要電源として利用している日本を「環境後進国」と揶(や)揄(ゆ)する向きも出てきた。
日本はなぜ石炭火力を利用するのか。その理由を明確にするために、石炭の特性を改めてみてみよう。
石炭は他のエネルギー資源に比べて価格が安く、世界中に広く分布している。世界全体の確認可採埋蔵量も130年以上あり、長期的に安定した供給が見込める。しかも石油と違い、生産国は政情が安定している国が多く、日本も半分以上を豪州から輸入している。エネルギー資源の多くを輸入に頼る資源小国である日本にとって、石炭は経済性、エネルギー安全保障の両面から欠かせない資源だ。
昨年12月、スペインで開かれた国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)は“石炭悪者論”に終始した感もあった。だが、そのさなかに梶山弘志経済産業相は「国内も含めて石炭火力発電、化石燃料を使う発電所は選択肢として残しておきたい」との方針を示した。原発の再稼働が進まず、再生可能エネルギーもまだ力不足の中で、電力の安定供給を第一に考えれば、日本が石炭火力を利用していくことは不可欠だ。
もともと日本の石炭火力発電の技術は世界的にも高い水準にある。燃焼効率が高く、少ない燃料で発電できるため、CO2の排出量が少なくて済む。石炭を燃焼させて作る蒸気を従来よりも高温、高圧にして発電する「超々臨界圧発電方式(USC)」と呼ばれる技術が日本では実用化されているが、この技術を米国、中国、インドにある石炭火力発電所に適用すると、CO2削減効果は約12億トンと日本の年間CO2排出量に匹敵するとの試算もあるほどだ。
だが、こうした技術を活用しても、発電時のCO2排出量は同じ化石燃料である液化天然ガス(LNG)の約2倍。日本でも温暖化が影響しているとみられる自然災害が増えており、石炭火力を今後も主要電源の一つとして利用していくにはさらなる技術開発が絶対に必要だ。
そうした石炭火力の欠点を根本から解決するかもしれない技術の実証試験が瀬戸内海に浮かぶ長島(広島県大崎上島町)で行われている。
試験を行っているのは、中国電力と電源開発(Jパワー)が折半出資した大崎クールジェン。石炭火力では石炭を粉砕した微粉炭を燃料とすることが一般的だが、ここでは石炭をガス化し、ガスタービンと蒸気タービンで発電する、より高効率な石炭ガス化複合発電(IGCC)を行っている。
それだけでもUSCに比べてCO2排出量を約15%削減できるというが、さらに昨年12月からはCO2の分離・回収試験が始まった。
CO2の分離・回収技術はいくつかあるが、ここでは物理吸収法を採用している。われわれが普段飲んでいる炭酸飲料は高圧をかけてCO2を水に溶かすことで製造されているが、物理吸収法の原理も同じ。高圧のCO2が吸収液に溶け込むことでCO2を分離。ペットボトルのキャップを開けるとプシュッと音がして泡立つように、圧力を下げるとCO2が吸収液から放出されて回収できる。
今後、約1年をかけて、最少のエネルギーで効率的にCO2を分離・回収する諸条件を確認する。実用化されれば、90%以上のCO2回収が可能という。
次の課題は、回収したCO2をどう処理するか。ひと頃脚光を浴びたのが、CO2を圧力をかけて地中深くに送り込み、閉じ込める「CCS」だ。日本では北海道・苫小牧で実証実験が行われており、累計30万トンのCO2を圧入している。
だが、CCSはCO2を地中に閉じ込めるだけで、それだけでは価値を生まない。ここにきて注目されているのが、回収したCO2を炭素資源として利用する「カーボンリサイクル」という考え方だ。
IHI、日本製鉄など日本を代表する企業が技術開発に取り組んでおり、国の令和2年度予算案にも発電で発生したCO2を回収してプラスチックや液体燃料などの原料として利用する技術開発に予算が計上された。
厄介者のCO2を原料として活用する技術を確立できれば、温暖化対策として大きな貢献を果たすことができる。「環境後進国」の汚名をそそぐのにこれ以上のものはない。
筆者:高橋俊一(フジサンケイビジネスアイ編集長)
2020年2月9日付産経新聞【日曜経済講座】を転載しています