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日本の家庭用ゲーム産業では、イノベーションを求める「探索」と既存の技術や知識を再利用する「活用(深化)」をバランスよく取り入れた「両利き」の姿勢を保つことで、企業業績の向上を見込めることが千葉商科大学商経学部の専任講師、伊藤泰生氏の研究で明らかになった。研究論文はデジタル領域の学術論文を掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ)で公開している。
「日本のゲーム企業は安定したセールスが見込めるシリーズ作品や続編ものに力を入れている」と指摘する業界関係者は少なくない。角川アスキー総合研究所が調査した2021年のパッケージ版家庭用ゲームソフト販売本数ランキングによると、トップ10のうち著名なゲームシリーズでないものは「リングフィットアドベンチャー」(任天堂、Nintendo Switch)と「Minecraft」(日本マイクロソフト、同)の2本のみだった。Minecraftが他のゲームハードやパソコンで親しまれてきたロングセラーであることを考えると、実質1本だけとも言える。
数年にわたって同様の傾向が見られることからも、日本のゲーム企業がシリーズ作品に注力していることがうかがえる。しかし、内容が通底するゲームばかりに注力していると、短期的な収益を獲得することはできても技術や環境の変化に対応できなくなり、淘汰されるリスクが高まるという。
「活用」を2つに分類
伊藤氏は同論文で、活用とは「洗練、選択、生産、効率、改良、実行」に関連する活動であり、探索とは「探すこと、変化、リスクテイキング、実験、遊び、柔軟性、発見、イノベーション」に関連する活動であると、従来の研究に基づく定義を紹介した。探索が学習やイノベーションを通じて新しい知識の獲得に通じるのに対し、活用は過去の知識ベースの継続的な利用に通じているという。
企業の姿勢が活用に偏っていると、成功体験にとらわれてビジネスモデルを変えられないまま競争力を失う「コンピテンシー・トラップ」に陥る恐れがある。逆に探索に偏っている場合は、実験などにかけたコストに対する適切なリターンを得られなかったり、新しく獲得した知識を組織になじませる機会が乏しいためにうまく活用できなかったりするデメリットが考えられる。
探索と活用のバランスをとることは淘汰や失敗のリスクを低下させ、企業業績を向上させるとする先行研究があるものの、「両利き」と実績への影響に関する実証実験の結果は一致しておらず、探索と活用は必ずしも単純な関係性でないとされてきた。
伊藤氏は活用について、知識の再利用にとどまる場合もあれば新たな知識や技術を生み出す場合もあるという見方を示し、「反復的活用」と「漸進的活用」に分類。過去3年間の平均売上高成長率を企業業績の指標にして日本のゲーム産業の傾向を分析した。ゲーム業界を研究の対象にした理由は、ゲームを開発する際には企業内部の資源を活用することが多く、開発者側がそれを活用するかどうかを事前に選択できるため、企業の意図が反映されやすいからだという。
分析には『ゲーム産業白書』の1997年から2019年までの販売本数のデータを用いたが、集計期間が短くて実際の売れ行きを反映していないと見られるものは除外しており、2018年までに販売されたゲームタイトルのみを扱った。各ゲームタイトルを企業、年度ごとに集計し、単年度のみ販売した企業を除外するなどして、最終的に97の企業による647の観測値を得た。
漸進的活用が探索を補完
同論文では日本のゲーム産業において「両利きと業績には正の関係性が存在する」と結論づけて、探索と漸進的活用が補完的な関係にあることを示した。例えば、探索の割合が低くて活用とのバランスがとれていない企業であっても、漸進的活用の比率を高めることで高い売上高成長率を達成することが実証されたという。
伊藤氏は、企業は新しい製品やアイデアを実現しなければならないが探索にコストをかけられない状況もあるとして「探索による急進的イノベーションが難しい場合には、漸進的イノベーションの割合を高めることで、組織としてのパフォーマンスを高めることができるだろう」と説明した。
これとは逆に、探索の割合が高い場合に反復的活用を高めても売上高成長率は向上しなかった。反復的活用は資源や知識の再利用にすぎないため、探索との関係性が薄く、相乗効果を生み出せなかったものとみられる。
一方で、国内市場の販売本数のみを対象としているため、海外での売り上げが含まれていないことや、テレビゲームを開発する多くの企業は成長が続くスマートフォン向けゲームにも参入していることなどを同研究の「限界点」として挙げた。
また、反復的活用によるゲームの開発は経験の浅い新人に任されることが多いため、人材育成など長期的な視点で見ると、結果的には組織にポジティブな影響を与える可能性もあるとしている。
◆論文の詳細はこちらから
筆者:野間健利(Sankei Digital編集部記者)
※SankeiBizの記事を転載しています