台湾の陳水扁(ちん・すいへん)元総統は12月20日、高雄市内で産経新聞の単独インタビューに応じ、1月11日に実施される台湾の総統選挙について「中国がさまざまな手口で介入しており、軍事的圧力も高まっている」とし「台湾の歴史の中で、今ほど危機的な状況はない」との認識を示した。その上で「日台米が連携して中国の覇権に対抗すべきだ」と強調した。
また、中国による選挙介入について、「武力による脅しのほか、金銭による買収もあった。サイバーテロやフェイクニュースを流すなど、近年は手口が増えている」と指摘。中国の習近平国家主席について、香港や新疆ウイグルへの弾圧に触れた上で「性格が陰険で手口もあくどい」と断じ、「台湾を理解していないから安易に暴走する可能性もある」と述べ、警戒を強める必要があるとの認識を示した。
主なやりとりは以下の通り。
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総統選情勢をどう見る
もし明日が投票日なら、蔡英文総統は大差で当選するだろう。立法院(国会)選挙でも与党、民主進歩党が過半数をとる可能性が大きい。しかし、投票まであと3週間ある。最大野党、中国国民党陣営も中国もさまざまなことを仕掛けてくるに違いない。選挙は1+1=2のような算数ではなく、一つの新しい要素が加わって大きな変化が起きる化学だ。まだ油断できない。
蔡氏リードの原因は
言うまでもなく中国の脅威だ。野党は候補者選びに失敗した。国民党の韓国瑜(かん・こくゆ)氏は中国の代理人というイメージが強すぎて、有権者から敬遠されている。いまの台湾人が最も心配しているのが、香港で起きたことがいつか台湾で起きることだ。「中国政府の立場を代弁する発言を繰り返す韓氏に、台湾の将来を託せない」と考えた人々は一気に蔡氏支持に回ったわけだ。
米国も蔡氏支持の姿勢をみせているが
蔡氏はいろんな意味で私よりラッキーだ。私が現役時代、米国による台湾支持は「中国を刺激しない」という条件付きだった。私が住民投票を実施しようとすると、米国の方から先に圧力を加えてきた。しかしいま、トランプ政権はほぼ全面的に台湾を支持している。日本も親台派の安倍晋三政権が安定している。台湾も民進党が立法院で過半数だ。民主主義と自由を守る日台米の黄金の三角形がしっかりと連携すれば、中国の覇権と拡張を必ず食い止められる。台湾はこの好機を生かさなければならないが、蔡政権のこれまでの動きは鈍いと言わざるを得ない。再選を果たせば、もっと積極的に動いてほしい。
「中国は1.8億円で買収してきた」
中国による選挙介入は
介入は昔からあった。李登輝氏が当選した1996年の選挙前、中国はミサイル実験をして台湾の有権者を脅したが、効果がなかった。その後やり方を変えた。金を使って買収するようになった。私が現役の時、中国政府の諮問機関、全国政治協商会議の幹部を自称する人が、水面下で私との面会を申し込んできた。応じれば私個人に5千万台湾元(約1億8千万円)を支払うと言ってきた。すぐにお断りしたが、台湾の総統を公然と買収してきたことに驚いた。いまも同じことをやっているに違いない。最近ではサイバーテロや、フェイクニュースを用いるなど手口がさらに増えている。
中国の軍事的脅威をどうみる
いまの中国軍はなりふり構わなくなってきた。正直に言って怖い。私が総統だったとき、中国軍機は中台間の中間線を越えてこなかった
。武力衝突を避けたいという姿勢を感じるが、いまは、頻繁に中間線を越えて挑発するようになった。空母がぐるりと台湾を一周することもあり、いつでも攻めるぞという姿勢だ。蔡氏は中台関係を「現状維持」したいと言っているが、毎日のように現状を変えているのが中国だ。このまま何もしなければ、中国に飲み込まれる。台湾の長い歴史の中で、いまほど危機的な状況はないと考えている。
中国の習近平国家主席をどう見る
香港や新疆(しんきょう)ウイグルで起きていることをみれば習氏は、前任者たちと比べて、性格が陰険で手口もあくどい。政治的知恵がある方ではないと考える。例えば、習氏は2019年1月、台湾への武力行使を示唆し、一国二制度を台湾で推進するという演説をした。完全に逆効果だった。あの演説をきっかけに蔡氏の支持率が上昇し始めたと言っていい。習氏は台湾に隣接する福建省に長くいたため、台湾問題の専門家を自称しているが、私から見れば、台湾のことを全然理解していない。しかし、理解していないから後先のことを考えずに暴走する可能性があり、余計に怖い。
聞き手:矢板明夫(産経新聞外信部)