Kuniyoshi's Beauties

 

「国芳」といえば「武者絵」。これが通説とされています。しかし、歌川国芳の美人画もなかなか良いものです。私はコレクションを国芳の武者絵から始めましたが、程なく国芳の美人画に惹かれ、蒐集するようになりました。

 

一般に国芳の美人画は色気がないと言われて来ました。確かに同時代の英泉や国貞は男たちの憧れであった遊女や当時人気のあった美人を多く描き、江戸の男たちに人気絶大でした。もちろん国芳も遊女を描きましたが、本当に描きたかったのは、元気に働く健康的な町の女たちだったのです。つまり、私から言わせれば、国芳の描いた美人画は、健康的な色気のある“国芳美人”だということです。

 

それでは、最も国芳の特長が出ている“国芳美人”をいくつか紹介することにしましょう。まず、「大願成就有ヶ瀧縞(たいがんじょうじゅありがたきじま)見立て金太郎です。

 

 

左上に描かれた鯉を抱えた金太郎のポーズを、琴を抱える娘のポーズと似せる(見立てる)という嗜好の作品で、いかにも元気な下町娘の動きのある姿が魅力的です。

 

次は同じ「大願成就有ヶ瀧縞」から見立て菊慈童をご覧頂きましょう。

 

先ほどご覧頂いた、お琴を抱いてお稽古へ出かける初々しい娘も、やがて世間の荒波にもまれ成長すると、きっとこのような小気味の良い江戸の女に変貌を遂げるのでしょう。

 

 

ところで、この作品の魅力の一つは、髪の彫りの素晴らしさにあります。毛彫りは、腕の立つ彫り師が受け持ち、簡単な部分は新米に任せるのが普通です。

 

この国芳が描いた版下絵を見た彫り師は、これこそ俺の腕の見せ所だとばかりに、ファイトを燃やしたことでしょう。髪の生え際といい、ざんばらに乱れた髪の動きといい、見事に彫り上げています。画面の右下を見てください。「彫工房次郎」。彼は国芳のお気に入りの彫り師だったのです。

 

さて、国芳の「夜の梅」という作品があります。3人の美人を配した三枚続きの作品で、これが飛ぶように売れました。

 

版元は二匹目のどじょうを狙い「夜の桜」を国芳に注文。普通なら二番煎じは出来があまり良くないと誰もが思うかもしれませんが、ご覧ください。

 

 

この作品もなかなかの力作です。立派な八重桜の古木が描かれた素晴らしい背景に、3人の女たちを配した見事な絵です。この作品で私が注目するのは、これだけ立派な背景に主役の美人が全く負けておらず強い存在感を放っている事です。流石、国芳の描く美人ですね。とはいえ、この作品もよく売れたのかどうかについては、わかりません。

 

最後にご紹介するのは、隅田川で船遊びに興じる女たちを描いた「江戸名所草木尽」首尾の松です。国芳は身の回りの何気ない暮らしの一断面を巧みに絵画化します。この作品も、散歩の途中に見かけた情景なのかもしれません。

 

 

尾形舟にぶつけられて傾く舟を支える2人の女性。尾形舟の女は「おっとご免よ!」と声をかけているのかもしれません。そんな情景だけでも充分良いモチーフですが、国芳作品の魅力はそれに留まりません。よく見ると松を囲む竹垣の隙間から蟹が覗いています。細部まで見逃さない国芳の観察力の素晴らしさと共に、一つの作品の中の見どころの多いのに驚かされます。

 

悳俊彦(いさを・としひこ、洋画家・浮世絵研究家)

 

【アトリエ談義】
第1回:歌川国芳:知っておかねばならない浮世絵師
第2回:国芳の風景画と武者絵が高く評価される理由
第3回:浮世絵師・月岡芳年:国芳一門の出世頭
第4回:鳥居清長の絵馬:掘り出し物との出合い
第5回:国芳の描く元気な女達

 

 

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