第46代米大統領に米民主党のジョー・バイデン氏が就任した。就任演説で「米国の歴史でこれほど困難で試練に直面しているときはほとんどない」と述べ、何度も結束を呼びかけた。
就任式のあった連邦議会議事堂は2週間前に襲撃事件があり、ワシントン市内は州兵2万5000人が厳戒態勢を敷いた。
新旧大統領の同席は平和な政権交代の象徴だが、式典にトランプ前大統領の姿はなかった。分断を象徴する多難な船出である。
それでも米国は自由や民主主義を重んじる国々のリーダーであらねばならない。バイデン氏は国内を固め、強権主義に対抗する先頭に立ってもらいたい。
日豪印との連携を貫け
バイデン氏は「同盟国との関係を修復し、もう一度世界と関わる。模範を示す」と語った。自由世界の団結主導は世界との約束である。
重視すべきは、アジア政策である。強権主義の中国は、力ずくの海洋進出を進め、インフラ投資を利用して途上国への影響力拡大を図っている。
中国は武漢発の新型コロナウイルス禍を逆手にとって共産党支配の強権体制の優位を誇示している。自由と民主主義が脅かされている。バイデン氏は、価値観を共有する日本や欧州、オーストラリア、インドなどと連携し、強権主義と対峙(たいじ)しなければならない。
バイデン氏が副大統領だったオバマ政権は、アジア重視の「リバランス(再均衡)」を掲げたが、中国を抑止する具体的行動が足りなかった。
トランプ政権は、1979年の米中国交正常化以降の関与政策を見直し、中国共産党独裁体制との対決姿勢を打ち出した。同政権の功績の一つであり、バイデン氏にも堅持してもらいたい。
就任式前日には、トランプ政権のポンペオ国務長官が、中国の新疆ウイグル自治区での少数民族弾圧を「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と認定すると表明した。上院の公聴会に出席したブリンケン国務長官候補も「同意する」と応じた。自由台湾の防衛も含め厳しい対中姿勢を継承してほしい。
「自由で開かれたインド太平洋」構想とこれを実現するための日米豪印の枠組みは中国の覇権阻止に有効であり、引き続き発展させなければならない。
北朝鮮政策が不透明なのは気がかりだ。北朝鮮は核・弾道ミサイル開発を続け、米国を「主敵」としている。
日本人拉致被害者問題の解決も重要である。トランプ前大統領は拉致被害者の家族と面会を重ね、金正恩総書記との首脳会談でも拉致問題に言及した。同じ熱意で取り組んでもらいたい。
TPP復帰が試金石だ
経済政策でも中国に厳しく対処する姿勢を保つべきである。
バイデン氏はコロナ禍で悪化した経済を立て直すため、1兆9千億ドル(約200兆円)規模の経済対策を打ち出した。まず国内経済を重視するのは当然としても、それと同時に、国際的な経済・通商秩序の再構築を、日欧などと連携して図るべきである。
トランプ政権が中国の不公正貿易や知的財産権侵害などを問うたのは正しかった。世界貿易機関(WTO)などの今までのルールでは中国の不当な行動を抑えられないとの認識も妥当だった。
問題は、日本を含む同盟国にまで通商紛争を仕掛ける独善的な振る舞いで、国際社会の米国不信を高めたことにあった。
コロナ禍はグローバリズムの脆(もろ)さを露呈させた。世界経済はまさに、新たな国際秩序の確立に向けた変革期にある。この中で自由主義経済をいかに守り抜くか。バイデン政権に求めたいのはそのための行動である。
離脱した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への復帰は重要な試金石だ。民主党にもTPPに批判的な声は多く、すんなり復帰が決まるとは考えにくい。それでもバイデン氏には、オバマ政権時に中国を牽制(けんせい)するためTPPを目指したことを想起してほしい。
中国は、地域的な包括的経済連携(RCEP)に署名し、TPP合流への意欲まで見せている。コロナ禍のさなかに着々とインド太平洋地域での影響力を拡大させている現状は見過ごせない。日本政府は引き続き米国のTPP復帰を促していくべきである。
◇
2021年1月22日付産経新聞【主張】を転載しています