天安門前で警備にあたる警察官=6月4日(AP)
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ロシア軍によるウクライナ侵略を、プーチン大統領はまだやめない。
国際社会の批判に強硬に反発する大統領の暴挙を止められるのは、ロシア国民であるはずだ。
だが、ロシア国民の大半は「プーチン支持」である。大統領が言う「ネオナチからの解放」が生後間もない赤ちゃんの命まで奪う残虐な戦争犯罪であることを、ほとんどのロシア人は知らない。
言論、報道、表現の自由がない国家が世界に及ぼす脅威と犠牲を直視しなければならない。
ロシアだけではない。
東京・池袋の東京芸術劇場でこの4月、天安門事件を題材とする演劇が上演された。
「5月35日」。題名は、中国当局が敏感な事件の日付を言い換えた隠語である。1989年6月4日、中国の民主化と自由を求めて天安門広場に集まった学生らが、戦車と装甲車に先導された人民解放軍に殺傷された。
舞台では、最愛の息子を天安門事件でなくした老夫婦の30年後が描かれる。遺族は常に監視され、事件について語ることも知ろうとすることもできない。中国政府は民主化を求めた自国の若者に「暴徒」の汚名を着せ、武力による虐殺を「鎮圧」と言い換えた。
がんと脳腫瘍で死期が迫った老夫婦は人生の最後に、6月4日に天安門広場で息子を追悼すること計画した。
遺族や関係者への直接取材に基づく舞台は、事件から30年の2019年5月に香港で初演され、コロナ禍でも再演を重ねた。だが、中国政府は香港においても民主化運動への弾圧と報道や表現に対する統制を強めた。
香港で上演できなくなった「5月35日」が、日本で初演された意義は大きい。
天安門事件は終わっていない。民主化と自由を望む香港の人々は今、劇中の老夫婦と同じ苦悩の中にいる。プーチン大統領から「ネオナチ」と決めつけられ、殺戮(さつりく)されたウクライナの人々の悲しみと憤りは、天安門事件の被害者と遺族に重なる。
竹下景子さん主演の4月の舞台を見た観客だけでなく、できるだけ多くの人に「5月35日」を知ってもらいたい。
言論、報道、表現の自由の大切さを確かめ、それを守り抜く意志を共有したい。
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2022年6月4日付産経新聞【主張】を転載しています