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「藤井時代」の幕開けと呼ぶにふさわしい偉業である。
将棋の藤井聡太棋聖が第34期竜王戦七番勝負を開幕から4連勝で制し、史上最年少の19歳3カ月で四冠を達成した。現役棋士の序列でも、三冠の渡辺明名人を抑えて1位となった。
数々の最年少記録を塗り替えてきた藤井四冠には、贈るべき賛辞も尽きた感がある。頭が下がるのは、快挙達成の後も変わらぬ謙虚な姿勢だ。
「1強時代では」と報道陣から水を向けられ、「目標はこれまでと変わらず強くなること」「内容的には課題が多い。常に危機感を持ってやっている」と語った。
対局中に食べた菓子が翌日から品切れになるなど、いまや国民の注目の的だ。その中でも盤上没我の姿勢を貫き、言動に浮ついたところがない。物事を究める上で大事な心の持ち方を、若者の横顔は教えてくれる。
今回の竜王戦では不利な形勢からの逆転があり、難解な終盤を制した辛勝もあった。戦術も勝ち方も幅を広げ、棋士として人としての厚みが増したように映る。難敵との対局が続く中、8割超の勝率を挙げていることにも驚く。
八大タイトルを8人の棋士が分け合ったのは、まだ3年前だ。当時無冠の藤井四冠が、短い月日で急成長したことを物語る。その活躍により、プロ棋士がいかに高度な頭脳戦を繰り広げているかも広く知られるようになった。タイトル保持者の一人、永瀬拓矢王座は「いまの棋士は藤井さんに感謝すべきだ」と述べている。
ただし、独走を許すことは将棋界にとって好ましい状態とは言えまい。王将戦への挑戦者争いでも首位を行く藤井四冠は、年度内の五冠を視野に入れている。渡辺名人や永瀬王座をはじめとする他の棋士には奮起を期待したい。
25年前に七冠を達成した羽生善治九段には、「羽生世代」と呼ばれる同年代の強敵が多かった。ライバルとの数々の名勝負が棋士全体のレベルと人気を高めた歴史がある。藤井四冠に肉薄する同年代のライバルも、将棋界のさらなる活性化には不可欠だろう。
「八冠」への挑戦に注目しつつ、若手の台頭を望みたい。「藤井世代」と呼ばれる先頭集団が生まれることで、「頭脳の格闘技」の魅力はいまよりも広く世の中に伝わるはずだ。
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2021年11月17日付産経新聞【主張】を転載しています